立春祭体験発表文 2017

                        

                               鎌倉支部 菅谷 敬

皆様 、立春祭誠におめでとうございます。

鎌倉支部 の菅谷敬です。

この度、教導師第三位の資格をお許しいただきまして、本日から鎌倉支部の支部長として

心新たに御神業に臨ませていただく決意と、今迄の歩みも併せて御報告させていただきます。

 

(神慈秀明会との出会い)

 

私は昭和63年に神慈秀明会に入信いたしました。当時は多くの青年達が自己放棄と言い、

仕事や大学を休んで、全国へ短期、長期の布教活動に参加していました。

私もその中の青年の1人に声を掛けられたのが入信のきっかけでした。

 

入信後直ぐに沢山の方に御浄霊をさせていただき三ヶ月間毎日奇跡の体験をしました。

そして、いつしか私も青年部として自己放棄させていただき布教活動に専念して行きました。そんな活動の中で家内との出会いもありました。

 

その後、私も自己放棄を続けて教団の活動が全てとなり家庭や社会から離れていきました。

 

仕事もせずに毎日実践に明け暮れお金もなく、家族やまわりの人達からの信用もなくなり、惨めな思いもありました。この活動はいつまで続くのか?この先に地上天国があるのか?と自問自答する日々もありましたがこのお道しかないと疑う余地もないまま歩んで行きました。

 

それから数年が経ち美術館建設の後、体制も大きく変わりそれまで自己放棄をしていた多くの青年達は仕事や学業に専念し始めましたが社会復帰は簡単ではありませんでした。信仰自体辞めた方も沢山います。

 

平成10年に私も家庭を持ち男子として活動するようになりました。仕事はその頃は既に自営業でしたので有る程度は時間を作れる面もあり、日々の御参拝、当番、集まり等、一ヶ月忙しく拠点に通っておりました。

 

そして毎月沢山献金のお供えもして仕事も順調で、日々忙しく過ごしておりましたが、不況の煽りもあり生活もきつい時期が有る期間続き、家内にも随分苦労をかけました。

 

御用を優先していればいつかは乗り越えられると思いつつも、中々生活は安定していきませんでした。

 

神慈秀明会は行事が多い事や新しい方が育ちにくい面もあり1人の人間が幾つも係を担う事がありました。私も含めて多くの人が余裕のない生活をしていました。

 

そうした中、新拠点の建設が始まった時に、建設反対運動が起こりました。私は係をしておりましたので、反対派のサイトの掲示板等の意見をチェックしておりましたが書かれてある内容に対しては頷ける事ばかりでした。秀明会は昔とは違うんだと思いつつも、何か心が晴れない、後ろめたい様な気持ちにさいなまれました。

 

全ては拝読不足が原因だと思いまして私は徹底的に拝読に取り組み始めました。

平成18年には他教団、世界救世教にも触れながら拝読し続けました。

 

しかし、拝読すればする程、教団の活動や在り方への疑問と間違いに気づき、とうとう身動きが出来なくなり御用を降りる決意を固めました。

 

 

(メシヤ教との出会いと大きな変化)

 

平成19年1月にメシヤ教に問い合わせをして浄霊と祈りの栞に寄せての冊子を申込みました。そしてきっぱりと秀明会に行くことをやめました。

 

翌月には楳木代表から川崎支部の月次祭で勉強会があるので参加して見ませんかとの

お誘いをいただき、3月に初めて川崎支部に御参拝させていただきました。

 

川崎支部で初めて楳木代表のお話しを聞かせていただいた時に信仰的かつ現代的でメシヤ様を強く感じさせていただきました。息子の難聴の事もあり浄霊力を拝受させていただき、御指導通りに御浄霊させていただき僅か2週間でよくなりました。

 

この大きな違いは何なのか?答えははっきりしていました。

メシヤ教はメシヤ様と自分の間には何者も入らない。直接メシヤ様と繋がり、御教え通りにさせていただくので御守護が大きい。

 

4月には楳木代表に我が家に来ていただいて仏壇の祀り方を御教えに沿った形式で改め、そして5月に入会させていただき、7月には御神体御奉斎、8月からメシヤ講座藤沢会場として我が家を提供させていただき、本格的な御神業をスタートさせていただきました。

 

毎月、楳木代表と会える事が楽しみで仕方ありませんでした。

楳木代表は私達夫婦に対しても常に見本を示して下さりながら、一つ一つ問題を解決する方向へ導いて下さりました。

 

一方、秀明会の方では私達夫婦に関わると邪神にやられると言われていて、家内も友達との関わりがなくなり少々落ち込んでいた時に、故会主、小山先生の御命日の晩に夢の中で家内は小山先生から激励の言葉をいただき、握手を求められました。

 

私達夫婦は秀明会を離れましたが、小山先生は霊界から応援して下さっていると思いました。現秀明会の方々には中々理解できないと思いますが偶然見た夢ではありません。

 

私はメシヤ教に御縁をいただいてから不思議な事ですが、1年の間にメシヤ様の夢を7回も見させていただきました。

その中の一つですが。

 

平屋の建物の外で車の中に美術品や荷物等を運んでおりました。まるで引越しのようです。  私は車に積み込む役目でしたが私に渡す役目の人が勝手に積み込もうとして細い先を折ってしまいました。あわててメシヤ様にお詫びせねばとその人に言いましたら 俺のせいじゃないお前がやったんだと逃げてしまいました。  

 

私は恐る恐る建物の玄関に入りましたらメシヤ様が奥座敷で荷物の整理をされて居られました。 そして隣の大きめの建物を見ていると手抜き工事の跡がはっきりと見えてどうしようもないなと思っていました。  

 

場面が変わり荷物を全部積み終えた車で隣の広い空地のような処に駐車するともう一台 車がありその車はメシヤ様の御指示で走って行きました。そして私の方へメシヤ様が歩いて来られて ここで待機していろと仰せになられました。

 

この夢は今に繋がっていると思います。

 

そしていろいろな方々との出会いもありました。

最初は秀明時代に作った多額の借金もありましたし、また精神の癖などがこびりついていて、余裕もなく、相手を責めてしまう様な事もあり、中々お世話も思う様には行きませんでした。

 

そうした中で改めて自分自身の足りない部分が見えてきて、より一層御教え拝読に力を入れさせていただく様になりました。

 

平成22年に鎌倉支部の発会をお許しいただきました。そして、支部発会時に楳木代表からこれだけは心に留めておいて下さいと、責任者としての姿勢を肝に銘じて歩ませていただいてまいりました。

 

その後、支部の責任者として多くの方々と接する機会も増えて、もっと沢山の方を救わせていただきたいとの思いとは裏腹に遅々たる歩みに焦りを感じていた時に、メシヤ様が夢にお出まし下さり一言

「焦らなくても大丈夫だから」とお優しい眼差しでお言葉下さいました。有り難くて勿体無くて夢の中でとりとめもなく涙が溢れて、そのまま目が覚めました。

 

それからは気持ちを切り替えて、焦らずに、人に対しても自分の考え方を押し付けるのではなく、その人の立場を理解させていただくように努めてまいりました。

 

御教えを押し付けるのではなく、自分自身で求めて覚って行く事で、いろいろな事が変わって行くと思わせていただきました。

 

メシヤ教に御縁をいただき10年が経ち、秀明会に対する考え方も変わりました。

私にはそこでの経験が必要で

それがなければ気付く事も進む事も許されなかったと思いますし、お世話になった方々に対しても感謝しております。そして、個々にメシヤ様と太く繋がって欲しいと切に願っております。

 

(支部長としての決意)

 

昨年末に新鎌倉支部に向けて奇跡的に新たな地をお許しいただきました。3月末の御遷座祭を目指して大改修工事に着手しております。鎌倉支部の皆様と新たなる出発をさせていただきます。

 

今後、支部長として「布教三訓」「ルナ三訓」を肝に銘じて、より謙虚な姿勢で、日々御教え拝読、御奉仕を基本にさせていただき、繋がる皆様が健康で幸せになれるような支部づくりを目指して、主神様の御目的たる理想世界実現に向かって精一杯努力させていただく事を心からお誓い申し上げて、私の決意とさせていただきます。

皆様これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 

ありがとうございました。