『大メシヤの大経綸』

(この資料は、メシヤ様の御在世時の御言葉、御神格、御神事、御事績に関するものを抜粋し、まとめられた資料です。新潟出張所の庭山さんより提供いただいた資料ですが、『大メシヤの大経綸』というタイトルのとおり、メシヤ様の御神格の変遷を知るとともに、これから進んでまいります御神業に対しても重要な意味を持つ資料であると思われます。)


 

昭和25.2.4

世界救世(メシヤ)教開教

 

『本年二月四日立春の日を期して、標題の如き宗教法人世界救世(メシヤ)教の創立出現となったのである。

 

これは、非常に重大な意義があり、勿論神の深き御旨によるのであって、人間の意図でない事は今更言う迄もない、いつも吾らが唱えるところの、霊界における夜昼転換の時期にいよいよ入ったからである、これも吾らが常に言うところの仏教の救いは夜の期間中であるから夜の消滅と共に観世音菩薩の御救いの転移進展となるので、一言にして言えば仏滅を意味するのである、従って、観世音菩薩の御働きも救世主(メシヤ)のそれとなるのは勿論である、すなわち化身仏であらせられた観世音菩薩は茲に仮面を脱いで、御本体である神の御働きとなり給うのである。以上の如く霊界が昼となる以上、これが現界に移写するに於ては、夜の文化は当然不用なものは滅び有用な物のみが残る事となるのは当然である、それのみではない、長年月に渡る暗黒時代によって人類の罪穢の少なからず堆積せる以上、それの清掃作用が行われなくてはならない、右の滅ぶべき不用物とはこれを指して言うのである、しかもそれと同時に昼の文化の建設が開始さるるのである、かくの如き空前絶後の一大転機とは、何を指すのであろうか、全く何千年否何万年以前より決定していた神のプログラムなのである。また別の言葉を借りて言えば大規模な世界的破壊と創造が行われるのである(略)その具体化としては一切が滅ぶものと生き残るものとの何れかに決定さるるのである、然しながら右は止むを得ないとしても神の恩恵は、一人でも多く滅ぶるものを救わせ給わんとして、神の代行者を選び救世の大業を行わせ給うのである、またその使命達成の機関として運用されるのが本教であるから、本教の使命たるや実に大なりというべきである、この意味においていよいよ切迫せる最後の時期に当っての活動こそ刮目すべきものがあろう、その結果吾らの唱導する地上天国こそ最後の目標でなければならないのである。

 

私は、これまで顧問の名の下に、いわば蔭にあって経綸を行っていたが、ようやく基礎的工作も出来上ったので、ここに表面的活動に移る事となった訳である、端的に言えば、いよいよ本舞台に登場する事となったのである、従って各般にわたって漸次組織形体はもとより、活動の形式も新しく生れるのは勿論である。そうして、祝詞にもある如く観世音菩薩、光明如来、メシヤ(救世主)、弥勒神等も、御名は異なれど同一の御神霊である以上根本は変るのではない、いわば時期に応じて御神霊の活動範囲が拡充するのであるから、御神体も御守りもある時期まではそのままで差支えない、いまだ種々発表したい事もあるが、時期の推移に従って漸次発表する段取りとなるので、今はこの辺に止めておくのである。

 

最後に言わなければならない事は、これまでは観世音菩薩の御働きであったから、言わば東洋的であった、然るに時期切迫のためどうしても一大飛躍によって全人類を救わなければならない、とすれば世界的に拡充する必要がある、世界救世教の名によるゆえんである。今一つは観世音菩薩は、善悪無差別的の救済であったが、いよいよ地上天国が目前に迫り来った、今日ここに善悪を立別け、善を育て悪を滅しなければならない事になった、いわゆる悪のトドメである、従って救いの力も決定的でなくてはならない、その力こそメシヤの揮わせらるる大神力である』

 

25.6.15

神人合一にお入り遊ばされる

 

『六月十五日となった。すると朝まだき、今日の重大な意義がハッキリして来た。というのは以前かいた著書に、私のお腹の中に光の玉があるという事で、これを読んだ人は知っているだろうが、この光の玉には今まで魂がなかった。ところがいよいよ今日○(天)から○(降)ったある高位の神様の魂が宿られた、すなわち右の御魂が現世に生誕された事になるのである。これからこの神御魂が段々御育ちになり、成人されるに従って、玉の光は漸次輝きを増し、将来大偉徳を発揮さるるに到るのである』

 

 

25.12.23(御浄霊に関して)

 

『今回、御神示により、浄霊法が変る事になった(略)これは霊界が最近非常に変って来たためで、それに基づいた事は勿論である(略)絶対体的力を抜き、霊のみを放射するのである』

 

 

27.2.5(節目に関して)

 

『浄化が旺盛になってくる。強くなってくる。それが節分と六月十五日ですね。そういうような節々ですね。節々に浄化が強くなるというわけなんで、ただ節分と六月十五日の異いさはあるんです。六月十五日の節というのは、霊界が明るくなるんですね。火素が増える。それから節分の方は、そういったのでなく、神様のお働き―それが異ってくる。節分が、夜の世界の罪穢れが清算される』

27.6.15

神仙郷完成兼箱根美術館開館

27.7.12(文明の創造に関して)

 

『文明の創造』ですね。あれが出来ますから、あれを英文に訳して世界中に配ります。配ってから世界的にはっきり、色んな事が出てくるんですよ。聖書にある「普く天国の福音を述べ伝えらるべし。然る後末期到る」―これなんです。『文明の創造』というのは、天国の福音なんですよ。あれを世界中に配って―然る後末期到る。というのだから、大制裁が来る。

 

27.9.23(平安郷に関して)

 

『箱根が五であり、五は火です。それから熱海は六で、六は水です。七は土です。土が京都になるわけです。ですから、箱根は火であり経であるからして一番高い。それから熱海は水があって、ずっと低くなっている。で、京都の方は平らになるわけです。ですから五、六、七でミロクの型ができたわけです(略)名前は「平安郷」とつけました。それで良い家があそこに建っているのです。それを「春秋庵」―春秋です。それは京都は春と秋です。夏は箱根、冬は熱海、それで春と秋は京都です(略)平安郷ですが、そこにも美術館を造りますが、美術品は大いに仏教美術を採り入れて―これは、あっちのお寺と連絡して、そういうものを造ろうと思ってますが、それについて霊界の各宗の開祖が大いに働き出しますから、それがみんな自分が作った寺ですから、そこを良いようにやるに違いないですから、そう骨折らなくても、ちゃんと良いものは集まりますから面白いです』

 

27.10.4(御昇天に関して)

 

「そういたしますと仮に明主様が百年の後に霊界にお入りになりますとないことになりますが」、『しかし霊界から出しますから同じ事です。かえってよく出ます。体があると邪魔になりますから』

為郷氏 それで教団のほうも御安心なわけですね。

 

明主様 それからその時分になると病気もずっと減ってきます。病人が減ってしまうからほとんど必要ないくらいになるでしょう。病気の原因というのは薬ですから、体から薬を抜けば病気は起らないのです。薬を出す作用が病気です。これで(御浄霊で)やっても、すっかり取りきるということはできませんが、だいたい取るには二、三十年かかります。ふつうでは何十年かかるかわかりません。ですからこうやる(浄霊)のは薬を取る方法です。それを知らないで、いまみんな薬を服んでますが危ない話です。そこで薬によって病人を作っているのですが、一面、薬ということもやはり必要があって神様が作ってあるのです。これは今度の本(文明の創造)にみんな書きますからそれを読んでください。

 

為郷氏 「あなただって亡くなるでしょう。亡くなったらどうするんですか」

 

明主様 『天の方からやる』 (為郷氏のインタビューから)

 

27.10.18

京都平安郷を御購入

 

27.11.15(天照大御神の霊がメシヤ様を主神様と御尊称する事に関して)

 

それから私は今まであんまりはっきり言ってなかったので、だんだん時節に応じて色んな事をはっきりさせていきますが、こういう事も知っておかなければならない。今私がやっている仕事は伊邪諾尊の仕事なのです。それで『古事記』にある「天の御柱を両方の神様が廻り合った」ということがありますが、最初伊邪冊尊すなわち妻神様の方が右まわりをした。そうしたところが世の中がうまく行かなかったので、要するに失敗したのです。そこで伊邪諾尊が「そうらみろ、オレが最初右廻りはいかんと言ったのに、お前が右廻りをしたからそうなったのだ。今度はオレが左廻りをしてやろう」というので、天下が治まったという事があります。というのは、右廻りというのは右進左退で体主霊従です。それを伊邪諾尊様が左廻りにすると天下が治まったというのです。本当のやり方をしたのです。丁度今の医学は右進左退ですから体主霊従です。右廻り医学です。今度は浄霊という「霊」を主にするというのは左廻りです。それで私がやっている仕事は伊邪諾尊の仕事です。この間多賀さんの奥さんに天照大御神様が懸って、私の事を「主神様」と言ってます。良い事があって御祝いに来たのです。「主神様に御祝い願いたい」と言ってきたのです。最後に「主神様に御守護をお願いしたい」と言うのです。これは本当に懸ったのです。

 

そうすると、天照大御神というと世の中では大変な最高の神様のように思ってますが、然し天照大御神は伊邪諾、伊邪冊尊の子供になるのです。これは神代史にもあります。天照大御神は伊邪諾尊の娘さんになる。ですから分かりやすく言えば私の子になる訳です。そこで天照大御神様は本当に人を救うという力はないのです。

 

27.11.17(伊邪諾尊の御働きと伊邪冊尊の改心に関して)

 

それからもう一つは、今私がやっている仕事は伊邪諾尊の仕事をしているのです。というのは『古事記』にありますが「天の御柱を廻り合う」といって、柱をまわり合ったのです。そうすると伊那冊尊は右廻りをしたのです。それは右進左退です。右が進み左が退くのです。ところがそのためにうまくなかった。世の中が治まらなかったというので、とうとう伊邪冊尊様は、つまり夫神に助けを求められたのです。そこで伊邪諾尊様が「そうらみろ、オレが最初右廻りではいかんと言うのを、お前があんまり言うからオレは許したのだが、やっぱり左廻りでなければいけないのだ。それではこれからオレがやってやろう」と、左廻りをしたのです。やっぱり霊主体従です。つまり医学が機械や何かで治すというのは右進左退です。それで浄霊で治すというのは左進右退ですから、伊邪諾尊様のやり方です。それで伊邪諾尊が主神の代表神です。ですから非常に力が強いのです。それでこの間多賀さんの奥さんに伊邪冊尊様が懸って「自分は非常に間違っていた。だからこれから大いにお手伝いする」というような事を言われてました。

 

それから今世の中では天照大御神が一番尊い神様としてありますが、天照大御神がこの間出られて私の事を「主神様」と言ってましたが、「主神様がいよいよお出になってお慶び申し上げたい」と言って「これから精々御守護をお願いしたい」という事を言われてましたが、これは本当の事です。

 

28.2.1(米国布教の出発に関して)

 

『樋口さんはいつハワイに行きますか』

「2月11日午後11時59分に羽田を出発でございます」

『2月11日ですか、建国の記念日ですね』

「11時59分と申しますから、あと1分という訳でございます」

『12時1分前ですね。何か訳がありそうです』

 

28.2.11

米国布教開始

28.3.23(宗教と世界の文化革命に関して)

 

『救世教というものは、つまり大きな革命運動です。一口に言うと世界文化の革命です(略)救世教と言うと宗教ですが、引き上げるための宗教的の一種の手段です。宗教という手段でやるというのが一番良いことと、また、今までにない革命ですから、それよりほかに方法がないわけです。だから宗教的にやるよりほかにやりようがないのです。ですから救世教としては、宗教というものを利用し、一つの手段としているのです。従ってミロクの世になれば宗教というものはなくなるのです。というのは、宗教の必要がないからです。つまり医学がなくなるのと同じことです。だからそれまでの救世教です(略)やはり医学を禁止するということは、憲法改正にまで行くかも分かりません。結局はどうしてもそこに行かなければ追いつきません。しかしこれは、あえて私がやるわけではなく、神様がやるのですが、神様はどういうような結末をつけるかということが、大いに興味ある問題で、私も今から楽しみにしてます。それからもう一つの農業革命の自然栽培も大きな問題になります(略)教育の問題にしても、教団の方で学校を作って、実際に見せなければならないことになります。これはいずれだんだんにやって行きます』

 

28.6.15

箱根地上天国完成(地上天国誕生に関して)

 

『いよいよ待ちに待ちたる函嶺上の神仙郷地上天国の模型は完成したのである(略)そうしていつもいう通り、神の経綸なるものは最初は極く小さく造り、漸次拡がって終には世界大となるというまことに神秘極まるものである(略)今度出来たこの神仙郷地上天国にしても、将来における世界的地上天国を暗示していると思えばいいのである(略)そもそも霊的に見て、世界の中心は日本であり、富士山は地球の大黒柱である(略)というのはこの国の将来は地上天国の中心となるべきもので、すでに天地創造の時神定めに定められているのである(略)以上のごとく日本全土が世界の公園であり、中心であるとしたら、日本としての公園は箱根であろう。しかも箱根は日本の東西の中心に位し、箱根より東は関東、西は関西であるにみても明らかである。また文化的に言っても日本程東西文化を悉く採入れている国は外にあるまいし、これをコントロールし、理想的平和文化を生む使命を帯びている国が日本である(略)箱根こそ日本の中心であり、そのまた中心が強羅であり、そこから仰ぎ見る早雲山の奥に聳えているのが神山で、箱根連山中の最高峰を占め、真の中心である(略)本当をいえば、神山の上に地上天国を造るべきだが、それは不可能であるためここを選んだのである。私は強羅へ来た最初の住宅を神山荘と名付けたのも神山の型とした訳で、この日光殿の所を当時早雲寮と名付けたのも、右のごとく早雲山の意味である。日本は世界の公園であり、日本の公園が箱根で、箱根の公園が強羅で、強羅の中心が神仙郷であるから、神仙郷こそ世界の真の中心という事になろう。

 

この意味において、今度神仙郷地上天国が完成したという事は、世界の中心にいよいよ地上天国が生まれた訳で、言わば地上天国の誕生であるから、世界肇って以来の一大慶事であり、未来永劫にわたっての世界の大祝祭日である訳で、この六月十五日は将来の地上天国誕生祭という事になるであろう。

 

ところでここに重大な事を告げたいのである。それは今日を契機として霊的活動が促進され、ここを中心に左進右退的リズムの大渦巻が、徐々として世界的に展開されてゆき、空前の大変化をもたらすであろう事で、これこそ世界の立替立直しである』

 

28.6.16(新紀元に関して)

 

『昨日という日は丁度、建国祭といえば日本ですが、世界の建国祭、世界の紀元節みたいなものです。ですから本当言うと、一九五三年はもう終わりになって、今年は新紀元の元年になるわけです』

 

28.7月(教団発展と人類救済に関して)

於井上茂登吉邸

 

『あんた(井上茂登吉先生の奥様の事)も三千年前に神様にお仕えてしていた因縁のある一人だから話すが、今私はどうしてもやらなければならないことがある。邸は人の出入りがあり、途中邪魔が入って出来ないのだが、これは将来教団の発展と人類救済に大きな訳がある(実はもっと詳しいお話があった)その神事に井上の家を使いたい』と仰せられた。その後度々お出ましになり、秋、熱海にお帰りになるまで続けられた。

 

その間明主様と井上茂登吉と長谷川ナミ(伊邪冊尊の型・現界の罪を背負う)だけで御神事が行われた。

最後の日、『これで間に合った、人類が救われる事になるんだ』と仰せられた。

 

 

28.8.27(医学革命の書に関して)

 

来年の春あたりになると思いますが『医学革命の書』というのを出しますが、これは私は心血をそそいで書いてます。これは将来はバイブルのようなものになるつもりです。

 

28.9.23(光の玉の拡大とミロクの世に関して)

 

『それから私のお腹にある光の玉はだいぶ大きくなってます。ドンドン大きくなりつつありますが、これが世界的に大きくなったときがミロクの世です(略)まだ今のところの大きさは、この会場(日光殿)くらいの大きさですが、これがドンドン大きくなって行きます』

 

時期不明(光明殿に関して)

 

『(光明台の地形は)大して変えはしない。平地にはするが、三段になって、舞台が十字になり、それから扇形になるのであり、その十字の中心の所へ私が座る訳である』

 

28.9.24(光明会館に関して)

 

『熱海は、会館と展望台は一緒にでき、その後に美術館ができて、それから光明会館―あるいは光明殿とするかもしれませんが―にかかりますが、大体そういうような計画です。これは霊的には大変な意味がありますが、それはだんだんに話をします』

 

 

29.2.1(御神影に関して)

『私の写真を飾って拝んだりするのは、どっちかというと生きている人の扱いではないのです』

 

29.2.3

紅白梅図屏風御入手

29.2.4(最後の審判の初日)

 

『今日は立春とともに旧の正月の元日になるそうです。いつも、立春というが、早いように思うのです。とにかく今年は大いに意味があるのです。まだ発表はできませんが、昨日、今日すばらしいことがあったのです。いずれ話をしますが、それは神様の型です(略)大本教のお筆先に「艮の金神はこの世の閻魔と現われるぞよ」とありますが、“この世の閻魔”ということは、現界の審判をなされるということです。今までは霊界の、死んだ人を審判されたが、今度は現界で生きた人間を審判される。“この世に現われて”というのですから、現界に現われて審判をするというわけです。「今までは蔭の守護でありたが、今度は表の守護になるぞよ」とありますが、すべて現界的になるわけです(略)直接現界に現われるというのが今日からなのです。そうすると、今日は最後の審判の初日というわけです』

 

29.2.7(国常立尊の現世に御出現に関して)

 

『節分というのは、古い時代に国常立尊という神様が、世界を支配していたということになっているのですが、その時分のことだから、世界といったところで全部だかどうだか分かりませんが、まず日本を中心にして、そうとう広範囲に支配していたに違いないのです。それで神様といったところで、やはり人間なのです。しかしその時分の人間は非常に霊が高かったのです。

 

その時分は昼間の世界の終わりぐらいだったのですが、ところが長い時代にだんだん人間が、夜の世界のために穢れに穢れて、霊的にレベルが低くなったわけです。それでよく「天神七代、地神五代」ということがありますが、天神時代というのは、天の神様…神道のほうで言うと「天津系」「国津系」あるいは「天津神」「国津神」と言いますが、天系です。だいたい日本民族は天系なのです。その天系だったころは天照天皇という最後の天皇が支配していたのです。それで、これはいつかも言いましたが、天照天皇が日本を逃げて、皇后様だけが残って、それが天照大御神と、こうなっているのですが、それよりか前に国常立尊という神様が支配されていたのです。その神様は非常に厳格で、つまり至正至直で、ごく正しいことでないと許さない、というようなことのために―これも神道の方にもありますが―大勢の神様が一致して押し込めたのが節分の晩としてあるのです。その押し込めた方の総大将が天若彦という神様で、そうして、もう国常立尊は世の中に出られないようにというので、艮の方角に押し込めたとなっているのです。そうして、艮に押し込めたからして艮の金神というお名前にもなり、艮の金神国常立尊となったのです。そうして節分の晩に豆をまきますが、“炒豆に花が咲いたら出てもよい、さもなければ永久に押し込めてしまう”というわけで、それから炒豆をまいたのです。それは三千年としてありますが、いよいよ三千年たって、その国常立尊様がふたたびこの世に現われる、その機関としてできたのが大本教です。ですから大本教のお筆先に「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。梅で開いて松で治める神国の世になりたぞよ。日本は神国。この世は神がかまわなゆけぬ世であるぞよ」ということを教祖は獅子吼したわけです。それが明治二十五年の一月元日です。ですから“梅で開く”というが、梅というのは、花は五弁になってます。これは五大州を形取ってあるのだそうです。ですから“一度に開く梅の花”というのは、世界が一度に開くということなのです。ところが今年の節分は、いよいよ艮の金神様が表になる、つまり今まで三千年隠れていたのが表面になるのです(略)この節分にお知らせがあったのです。それはいずれ言いますが、今はまだ言うことはできません。

 

一年ぐらいは言うことはできないのです。それはやはり梅に関した奇蹟なのです。それは私は三、四年前から準備していたことですが、そういうようなわけで、いよいよ表になるということと、それからお筆先に「今度はこの世の閻魔と現われるから」ということがあるのです。というのは、御隠退になっているときは、霊界に行かれて閻魔大王になるのです。閻魔大王というのは、要するに霊界における審判の…今で言う検事総長とか最高裁判所長というような、そういった…裁きの最高の地位です。ところが「この世の閻魔と現われた」というのですからして、今度は現界的の裁きをされるわけです。これが審判です(略)立春の日に京都の方の道具屋が閻魔大王の絵を持ってきたのです。それで私は“ハハア、神様は、いよいよ国常立尊様が現界の閻魔のお働きをされるということだ”ということを思って買いました』

 

29.2.16(光は大地にに関して)

 

『「静岡民報」で来月の一日から三カ月にわたって私のことを物語的に出すことになったそうです。それも別にこっちが頼んだわけではないので、突如として先方から言ってきたのです(略)不思議に思うのは、私と会ったこともないし、会って話をしそうなものだが、それで三カ月も続けるというのですから、どこからどういうふうにやるのか、まったく神様みたいなものだと思います』

 

29.2.25

神様と私との関係(間接的ではあるが御神名の御発表)

 

『それは静岡事件の際留置所の中で、すこぶる神秘な神業が行われた事はいつか話した事があるが、その時私の体内に入られたのが最高最貴の○○○○○(ミクラタナ)の神様であって、出所早々散花結実の書を千枚かいて主なる信者に頒ち与えたのも、その時の経綸によったのである。ところがその時から後の私は、以前のように神様に伺う事は必要がない事になったのである。というのは神霊は私の体内に在す以上、以前のように神と人との隔てが撤去され、神人合一の境地になったからである。つまり神即人である以上、私の行う事は神直接であるから、私の思うままをやればいい事になったのである。

 

このような訳を知ってから分った事は、神様に伺うというのは、最初にかいた通りこれまでのやり方であって、間接的である。ところが今度のようになった私としては、未だ嘗て世界に例のない事は勿論で、釈迦、キリスト、マホメットの三大聖者は判らないが、恐らく私程の神との直接的ではなかったと思うのである。なぜなれば今日残されている幾多の功績を見ても分るのである』

 

29.3.1

静岡民報「光は大地に」連載開始

29.3月初め(メシヤ様を世に出す事に関して)

 

罪の元は薬であるという教えもあり、神を押し込めたことが罪の根本だという教えもございます。この二つの教えの関係はどういうことでしょうか。またその「押し込めた罪」というのは人類全部にそういう罪があるのでしょうか。

 

『勿論神を押し込めたことが罪の根本です。薬毒というものは浄霊をすれば取れるものです。みんな神を押し込めた罪がある。教団も幹部ほどその罪は重い。私を世に出してその罪が消える。要するに私というものが分かればよい。しかし私は化けているからな』

 

ということは明主様の御神格を分からせて頂くことでしょうか。

 

『そうではない。一人でも多く信者をつくることだ』

 

29.3.6(救世(メシヤ)教信者の見真実に関して)

 

『要するに信仰の目的は早く見真実になることです。そうすると色んなことがよく分かります。けれども本当に見真実には、それは普通ではなかなかなれないのです。だからそれに近寄ればよいのです(略)本当に地上天国を造るのですから、それには人間の主だった人達に、ある程度は見真実を分からせなければならないのです。ということは救世教の信者ですが、特に幹部の人です』

 

29.3.23(救世(メシヤ)会館の開館に関して)

 

『来年の三月三日が開館式です。つまり三十年三月三日で、ミロクです。それで今年の二十九年では数字が悪いのです。とにかくミロクというのは数字です。それで今までのミロクは五六七と書きましたが、これからは三六九になるのです。それで五六七は日月地です。つまり基本的の数字ですが、今度は現界の経綸になると三六九になるのです。あらゆるものが三六九が基本になるわけです』

 

29.4.6(三六九と御讃歌に関して)

 

『昨日おもしろいことがありました。この間の春季大祭のときに“今まで五六七のミロクだったのが、今度は三六九になる”と言いました。ところが昨日の参拝者が三百六十九名なのです。春季大祭の後は昨日が初めてですから、そこにそういう数字が出たということは、実に神様は自由自在ということが分かるのです(略)それからこの間ちょっと話した、若い婦人でキリストが憑ったという話をしましたが、今までのことを書いてこいと言ったものですから書いてきたので、それを読ませます(略)

 

実際、今まで神様と言っていたのは、本当は神様ではなかったのです。神様の代理とか弟子とか、そういう意味だったのです。ですから、キリストも“自分は神だ”とは言わなかったのです。“神の子だ”と言ったのです。そこであの時代に一部の者はキリストを救世主と言ったのです。いよいよ待望の救世主が現われたと言ったのです。ところが実は救世主ではないのです。そこでかえってそれを誤るといけないから十字架にかかったという意味もあるのです(略)これを今度のメシヤ会館に使おうと思ってます。曲はヘンデルの「救世主」ですが、歌詞はこれにしようかと思っているのです。ここにやっぱりたいへんな意味があるのです。私が作ってみんなが歌うということは嘘なのです。つまり私についている神様自身が作って、自分を讃えるということは理屈に外れているのです。そこで歌う人の一番偉い人が作って、そうしてみんなが歌うということが本当です。それが合理的です』

 

29.4.12(神仏救済とメシヤ様の代理に関して)

於奈良県公会堂

 

『近頃あらゆる神、仏が非常に喜んで、キリスト、マホメット、釈迦、ヨハネといろいろな神様が出てきます。ここに来るちょっと前にもいつもの婦人に、マリアとキリストが出ましたが、実に喜んで、口から出る言葉のあらゆる讃詞を呈しているのです。実にその喜びの情というものが溢れているのです。他のあらゆる神、仏も、みんなそういうふうです。とにかくみんな、私が出るのを何百年何千年前から待っていたのです(略)霊界はだいたいほとんどミロクの世になったのですから、これから現界に写ってゆくわけです(略)いよいよ本当の地上天国、ミロクの世の圏内に入るわけです。これは事実がこれからドンドン現われますから、いよいよ本舞台になったわけです(略)

 

(注:ここから録音版)

そこで、えー、一番厄介なのは、これをある程度でもいいから信じさせるのが厄介ですね。なにしろ、みんな、何億っていう人類が拝んでいたですね、キリストや釈迦、マホメットを、私が助けたというんだからして、一体、私っていうものはですね、「そんな偉い人間は出るわけはない、世の中に」、「一体何だ、ありゃ少し頭がどうかしてやしないか」というぐらいに思うかもしれないが、これはもう、普段から始終言ってますからね、あなた方は、分かっていますがね。だからそれをですね、「なるほどそうだ」と、「これだ」、というところにゆけば、もうその人の魂がすっかり固まったわけですから、そうすると、その、それによってですね、その人の、この、力ですね、非常に強くなる。もう、これこさぁ、私の代理として立派に力をふるい、仕事ができるわけですね。だから今言ったことをですね、よく心に留めて、大いにやってもらったら結構と思います』

 

同日、於奈良ホテル

 

『今日は、一日中嬉しくてたまらない。この喜びは誰にもわからないだろう。今日雨が降ったのは、あれは龍神が行なったのです。龍神というのは神様ですが、やはり罪のために龍神になったのです。それで五六七の御代の建設のため、神様のお手伝いをしたいのですが、龍神でいてはそれができない。それには、元の神格に返らなくてはならない。そうなるには光です。光に浴するしかないのです。それで今日、私がここに来るのがわかったので、お光に浴するわけです。それは何万という龍神です。その感謝を雨で表したのです。私の車の前を雨が降って行くのです。その龍神の感謝の気持ちが私に来るので、涙が出る程嬉しいのです』

 

同日、映画「離愁」を御鑑賞

 

御浄化に入られる前『いつまでも私にぶら下がっていては困る』と仰せられた上、『私は言い尽くした。言うだけの事は全部言ったから』

 

29.4.19

神秘的御浄化にお入り遊ばされる

 

御浄化に入られるとすぐ『これからは霊の世界、想念の世界になる。肉体の動いている間は働きも限られる。肉体の動かない時にこそ大きな仕事が出来るのだ』と仰せられた。

 

29.4.20産土宮に御礼

 

『この度私の腹中にメシヤが誕生したから、産土宮である伊豆山神社に私の代参として、参拝し御礼を言上して来なさい』とお命じに遊ばされ阿部執事が代参。

 

 

(御浄化後の御守りに関して)

明主様は御浄化の為、お文字をお書き頂けなくなり、役員会にて理事長は、お文字を印刷し、御神前でお願いし、御守りとして下付しようと発言し了承され、暫くして明主様から『御守りはどうしているか』とのお言葉があり、阿部執事が「木原さんがこのようにさせて頂いております」と申し上げたところ、『ああ、それで良かった。それでいいんだ。本当は御守りはなくてもいいんだけどな。入会者の氏名、年齢、職業を私に報告するだけでよい』『想念さえキチンとしておればよろしい。私に名前を書いて来い。私は名前を見たらそれでいいから』

 

(御浄化後のご守護願いと想念に関して)

 

ご浄化に入られ、いつもならすぐに明主様に信徒からのご守護願いをさせて頂いたそうですが、明主様から、『いままでとは違う。これからは特に想念が大事なのだ』という旨の厳しいお叱りを頂いたのです。

そんな時、角田和子さんが、顔に覆った前掛けが張り付くほどの火傷を負ったのです。それで、明主様のお言葉通り、日光殿でみんなで、お念じさせて頂いたそうです。きっと明主様お願いします。惟神霊幸倍坐せという旨のお念じだったと思います。すると、火傷は急速に快方に向かったのです。

 

その翌日、皆でお念じし、阿部先生にご浄霊頂いて、その結果今朝は何事もなかったかのようにむしろ前よりきれいになりました。とのご報告が、明主様になされたのです。その報告に明主様は、『これが唯一の見本だよ』と仰った。

 

ご浄化中、度々『これからは想念の世界である。ご浄霊は二の問題で、まず想念である。お念じしなさい』また『これからは私に対する想念だ』と仰せられた。

 

29.4.24頃(大峠に関して)

 

『今、大峠を見せられた。それは私の想像したよりも、実に酷かったので、非常に悲しい思いがしている。結局、人類が滅びる事を一番悲しむのは、誰でもない、神だよ』

 

29.4.25(神秘的御浄化に関して)

 

(録音から)『えー、これから…えー、録音をかけます。えー、今度私は…あー、甚だ神秘極まる…、あー、病気でして、うーん、別に、心配はないんですけれども、何しろ…だしぬけに来たんで、ちょっとまごついたわけなんで。然し、考えてみると、これはもう、神様の方で…、あるべき、うーん、事になっていたので、うーん、これも非常な、あー、御神業として神秘な事で、うー、いずれ、詳しい話は、あー、する時期が来ますけれども、うー、何しろ、神様の事だけに、神秘に神秘でして、うー、その、完全にお話はできないんです。

然し、決して、いいこと…なんですが、悪い事じゃあない。御神業の発展上、重要なる…事なんで、うー、まずその…発表の時期を…待たれたいと思うんです。

うーん、もっと、話をしたいんですけれども、何しろ、今…あー、はっきり言うことのできない…えー、事なんで、いずれ…ゆっくり、話する時期を待って、貰いたいと思うんです』

 

同日17:30

 

「ハレルヤコーラス」をレコードにて御鑑賞

 

29.4.27 14時

 

「メサイア」をレコードにて御鑑賞。

 

18:10 再度「メサイア」をレコードにて御鑑賞

 

29.5.5

「メサイア」をレコードにて御鑑賞

 

29.5.20頃

伊豆山神社へ初宮参り(代参の可能性も有)

29.6.5(メシヤ御降誕に関して)

 

熱海碧雲荘にて資格者を招集し、資格者は庭に敷かれた莚に通され、審判の型とされ、(録音から)『随分若くなってるよ私の方はね(笑声)えー、この、メシヤ…降誕と言ってね、メシヤが生まれた訳で。ですから、あー、言葉だけでなく事実がそうなんですよ。私も驚いたんです。生まれ変わるというんじゃないですね。うー、新しく…生まれる訳ですね。ところが、そのー、年寄りになって…生まれるのは…変ですがね、うーん、一番その、面白いのはね、皮膚が赤ん坊の皮膚みたいに柔かくなってくる。それから…この通りね、髪の毛がね、うーん、生まれたてと同じような、と床屋がこれを見てね、うー、子供の…頭髪だって言うんですよ。で、段々…黒いのがなくなってね、あーっ、白いのがなくなってね、黒いのばかりですよ。今に、うっ、黒髪になりますよ。だから、神様は…大いに若返れと、そして、えー、仕事をしなきゃならんと…いう訳なんですね。それで、今度の事に就ては、もう…奇蹟っていう…どころじゃない、奇蹟以上の奇蹟が沢山あったんですけども…まあ、差支えない点だけは段々発表しますけども。

 

それで、このメシヤってぇーのは、うーん、世界一で最高の位なんです。ってぇのは、西洋では王の王ということになってますがね、えーー、キングオブキングと言ってね、その、まっ、位を持ってるんですね。だから、私が出て初めて人類は救われるんだから、うーん、大変な事件なんで。それで、色々話がしたい訳だけれどもね、なにしろまだ生まれたての赤ん坊なんだから(笑声)、あんまり面倒臭いこたぁー、嫌なんで、あっまっ、簡単にね、えー、まっ、よっ要点だけをね、ちょっと話したつもりですけども。うーん、また、この十五日に、まっ、もっと…うー、この、えー、詳しい話ができると…思いますが、まっ、今日は…ここまでにして』

 

29.6.15

メシヤ降誕仮祝典

 

メシヤ様に対し奉り、天津祝詞奏上、御神名天照皇大御神。

「明主様」から「メシヤ様」と御尊称申し上げる。

御挨拶

阿部晴三(ごてんもんに関して)

メシヤ様の御手の筋でございまして、いわゆる天下筋と申すのでございますか、左の御手の五本の御指にありやかに現われていらっしゃるのでございます。これは何と申し上げましたら宜しいか、「ごてんもん」とでも申し上げますか、あるいは「ごこう」とでも申し上ぐべきでしょうか。この事に関しては、五十年間も易学を専門にやっている方に御聞きしましたのですが、このおしるしは、神様が御現われになったという意味で、非常に珍しいことであります事、この度の御病気はそのおしるしが現われます為のものであった事、今後大変御長命に亘らせられます事、又御事業も更に更に新しく、沢山おやりになることになります事という返事でございました。どういう訳で神様がこのおしるしを御与えになったのでしょうかという事でございますが、昔から“メシヤは手に証を持って生まる”という言い伝えがあるのでございます。

 

同日(メシヤ様に対しての接し方に関して)

 

メシヤ降誕仮祝典後、夕方に箱根にいらっしゃいました。『私はメシヤとして最高の位に就いた。今日から皆で私の事をメシヤ様と言いなさい。私の事をメシヤ様と言えない者はここを出ていきなさい。最高の位に就いたのだから、最高の言葉、最高の扱いをしなさい』

 

(メシヤ様と国常立尊に関して)

 

「メシヤ様」と称える間、大変厳しくあられ、後ほど側近奉仕者の方に『国常立尊様のお働きをしていたのだよ』と仰られた。

 

(メシヤ御降誕と奥様のお邪魔に関して)

 

天下すじの五本のうち一本の線が途中で止まって指先まで伸びないので、明主様はそれを大変気にしておられた。明主様がメシヤ降誕とおっしゃったことを奥様は大神様に申し訳ないと言い、奥様はこっそり大本教の本部の綾部に、お詫びと浄化平癒のご守護願いに行った。

 

明主様はこの暴挙をお聞きになられるや、激怒のあまり浄化の床から跳ね起きられ、『あのクソババー、離縁してしまえ』と怒鳴りつけ遊ばされた。

 

29.7.25(メシヤ御降誕祭と御盛装に関して)

 

『30年3月3日にメシヤ御降誕祭を執り行う』

 

メシヤ様の御盛装は、御頭に王冠をいただき、御下着(聖徳太子の如き)には紫地に金の刺繍で鳳凰を描き、御上着は白地に金糸にて雲をあしらったものをご着用遊ばす事に決まった。

 

男18人、女18人がメシヤ様のお側に並びハレルヤコーラスを祭典で行うので、準備かかるようにとの御指示。ハレルヤコーラスの演奏はNHK交響楽団に出演を依頼する事に決まる。

 

29年夏頃(奥津城に関して)

 

床にお座りになり奥津城辺りを指差され『今に、あそこに私の永久の住まいが出来るんだよ』と仰せられた。

 

(メシヤに関して)

 

光明の間で『「光は大地に」という本の最後は何と書いてあるか』と仰せられ「メシヤは降臨した」と申し上げましたところ

 

『それだよ』と仰せられた。(正確にはメシヤは正に降臨した)

 

メシヤ様の時か明主様の時か詳細不明(メシヤ御降誕後の光の玉に関して)

 

『光の玉の力が百倍強くなった』と仰せられた。

 

29.8.11(御尊称に関して)

 

『目下のところ救世主(メシヤ)としての活動を十分に尽くされない感があるから、従来通り明主の言葉にて唱える様に』

 

29.10.6御近況 阿部晴三

(メシヤ仮祝典後の御浄化とごてんもんと御頭髪に関して)

 

御浄化の強くあらせらるるため、御頭部の方に、あるいは御足の方に、御苦痛のあられたことも屡々あり、その為殆んど御睡眠のなかったこともあり、御食事も全く御摂りにならなかったり、全くの流動物だけのことや全くの野菜食のこともありまして、御生誕後間もない御方の御生育の御過程を経られる御様子にも拝され、又他面には生活におきましての色々な型とも申し上ぐべき事をなされた御様子でもありました。

 

次に御神業に関することでありますが、御浄化中におきましても一日の御休みもなく、次々に御神苑内に起っておりまする色々の型の御経輪を行わせられました御模様で、これについては、いずれ詳細を皆様に御発表になられると仰せられていらっしゃいます。

 

御神苑内を御散策なされるのでありますが、絶えず『信者さん方の御参詣の際にはどの程度に見られるだろうか』『次の参詣日には満開になるだろうか』等々、何時でも御気にかけられ『もっとも状況のよい時に皆さん方が眺められるとよろしいが』と仰せられていらっしゃいます。

 

六月十五日熱海メシヤ会館で申し上げました、明主様の御手の筋でございますが、その後もはっきり現われており、最近は拇指の第一関節にまで筋が現われて参りました。六月十五日当時は、第二関節にだけ現われておったのでございました。更に最も驚くべきことは、あの白であらせられた御頭髪が段々黒くなられて参った事でありまして、隔日毎にお手入れに参っておりまする理髪をする人が驚いている程でございます。

 

29.12.11(今後の御神業に関して)

水晶殿御遷座(録音から)

 

『私も何かしゃべりたいと思いますけれども、何しろ、やっとこれだけ声がね、これ、やるとね、やっぱ、頭がね、そりゃ響くんでね、ですから…あのー、阿部さんに、このー、私が言った事を書いてね、そして、えー、何しましたからね、それで、後でね、阿部さんから…話がありますから、よくそれを聞いて…えー、今後の方針を…立ててもらいたい…、でー、ただ一言ですけれども、いよいよ…このー、御神業の本筋に入って来た。ですからこれからね、色んな変った事が沢山出て、それにまごつかないように。もう一つは、このー、驚くようなね、段々今から出て来ますからね。

 

それに就いてはね、あのー、解釈はしてありますがね、とにかく余程のね、肝っ魂をね、落着けないとね、うーん、中々…大変です。まっ、それだけ…お話しておきます』

 

『水晶殿は、地上天国の一部の雛形として、神様が御造りになるようさせられたものであって、これを神様はメシヤ教に造らせるようになされたものである。また、今後教団の組織にも多少の変革があるものと思う。この水晶殿は決して独占的のものではないので、一人でも多くの人々に天与の景勝地を楽しんでもらいたい。

 

最も御浄霊力の優れた人、信者を沢山お導きになられた方、神様に対して非常な御奉仕の強い方、こういった点を考えまして教団で決めるように』

 

水晶殿完成前に、資格基準を明らかにされ、人材を選ばれ教団組織を改める意向を阿部執事に示すと共に『顧問の皆さん、長い間ご苦労さん』と顧問の退任を示唆されていた。

 

水晶殿で一夜を過ごされ、明主様のご意向として資格三条件が阿部執事から代読されたが、顧問制度廃止のご意向を執事は発表せず、顧問はそのまま居残る事となった。

 

29.12.23

明主様御降誕祭

千手観音様の御神体を御奉斎。

明主様御着座遊ばされ、天津祝詞奏上。御神名不明

 

(今後の御神名奉唱の回数に関して)

 

同日『今日以後の御神名の奉唱は一回だけにせよ』教団本部での奉唱は一回、教会、集会所では二回(従前通り)信者の家庭では三回と御神名の奉唱が変わる。

 

30.1.1(元旦の御言葉)

 

『まだ大きな声が出ませんから、聞きとり難いだろうと思いますが、ともかくこれだけに治ったという事―皆さんの前で喋れるようになったという事は、非常に嬉しいと思ってます。色々な―病気やら奇蹟について、お話ししたい事―打明け、また教えるという事が沢山ありますが、それは、追々時の経つに従って、段々お話ししたりします。

 

とにかく今日は、新年のこういうお目出たい事をちょっとお話しして、これだけにしておきます』

 

30.1.23~31

 

連夜「ハレルヤコーラス」のレコードを御鑑賞

 

30.1.25(春の大祭のハレルヤコーラスに関して)

 

『春の大祭に信者全部にハレルヤコーラスを歌わせる』と仰せられ、合唱練習をするようご指示遊ばす。

 

30.2.4(立春祭の御言葉)

 

『今日は、本当に久しぶりで、やっとこれだけ喋れるようになった。ですから、お喋りしたいことは沢山ありますが、まだ、頭が少し……。なにしろ、あんまり、大きい声を出すたびに、頭へ響くんです。ですから、もう少し回復して、それから大いに……それも長いことはないと思いますが……それまで、まあ、やっとこの程度で我慢してもらいます。

 

で、なにしろ、こういった不思議な病気というものは、すごくなんとも言えん、珍しい体験をしたわけです。もう、喋れるようになったら、実に奇想天外な事をお話しするとは思うんですが、それだけに、楽しみにしていてもらいたいと思うんですが。そんなようなわけで、あんまりお喋りできないんで、今日はこの程度ですまして』

 

同日

 

『春の大祭に合唱するハレルヤコーラスは原語で歌うように』との御指示遊ばす

 

御昇天前

(御神影に関して)

 

『写真を御神体にしろ』と仰せられた。

 

30.2.8

色絵藤花文茶壷御入手

 

30.2.10 午後3:33

御昇天遊ばされる

 

30.3.3

本来であればメシヤ御降誕祭(本祝典)とメシヤ会館開館式

 

大本教のお筆先〝天のみろくは水晶の館に一夜を宿し、天に帰りて再び地上に降りて火の守護を致すぞよ〟

 

(付録)

井上茂登吉、長谷川ナミご夫婦の御経綸の件の全文です。

 

「私達夫婦は、昭和25年の法難事件の後、お邸を下がる事になりました。

メシヤ様から『今どんなことを言われても耐え忍べ。大変大事な時で、時所位が決まるのだから耐え忍べ』との力強いお言葉を頂き、メシヤ様にお仕えできない寂しさや、辛さ、悲しさもありましたが、小さな古い借家に移り家事に専念することになりました。

 

そんな折、昭和28年7月のある日、側近の樋口ひめさんが飛び込んできて、「一時にメシヤ様がお見えになるから今からお掃除しましょう」と言う事で、私は浄化後の長男をおんぶしたまま樋口さんと掃除を済ませ、花を活け、冷たい麦茶をご用意して、胸ときめかせてお待ち申し上げておりました。

 

すると『暑いね』とお声がしたので、私は子供をおんぶしたまま平伏してお迎え申し上げました。

頭を上げるとパンツ一枚のメシヤ様が、すでに下駄をお脱ぎになっておいでなのでびっくり致しておりますと、お供の井上がお召し物を両手で抱えて入って来ました。

 

我が家は三部屋しかありませんでしたので六畳の洋間の籐椅子におかけになり、しばらくお涼みになられ、冷やした麦茶をお召し上がりになりました。

 

そしてご神前のテーブルを前にお座りになられ、私に『子供をおぶったままでいいからここへ来なさい』と仰って次のようにお話下さいました。

 

『あんたも三千年前に神様にお仕えしていた因縁のある一人だから話すが、今私はどうしてもやらなければならないことがある。邸は人の出入りがあり、途中邪魔が入って出来ないのだが、これは将来教団の発展と人類救済に大きな訳がある。(実はもっと詳しいお話がありましたが・・)その神事に井上の家を使いたい』とおっしゃられました。

 

私はあまりに大きな御用のお手伝いにお使い頂ける事に身の引き締まる思いが致しましたが、即座にその御用にお使い頂きたくお願い申し上げました。

 

メシヤ様はニコニコなさって『そうか子供をおぶって人知れずお役に立つんだ。こんな素晴らしいことはないんじゃあないか』とお喜び下さいました。

 

私は有頂天で、またメシヤ様のお役に立てる事の嬉しさで舞い上がっていましたが、冷静になってみますと、さて、この借家は確かに近所に二軒しかなく、メシヤ様はおつむが真っ白でどこにいてもすぐおわかりになりますから、さほど人が興味本位で覗いたり、口に上せたりする事はないでしょうが、メシヤ様がお使いになるには、あまりにもお粗末で申し訳なく思いました。

 

ところがメシヤ様は、私の胸の内を即座に見抜かれ、『新婚当時を思い出すな、今年は此処で我慢しよう』と仰って、お帰りになりました。

 

ところが二日後、『いい家があったから見ておいで』とのお言葉で、早速見に行きますと、かなり広い敷地に三十五坪位の家で、主になる部屋からの眺めは、メシヤ様が『富士見亭のような感じがする』と大変お気に召され、すっかり手入れが済んで二代様とお出まし下さいました。

 

その後度々お出まし下さり、一夏が過ぎ、秋、熱海にお帰りになるまで続きました。

 

私の御用は、お出ましの準備をさせて頂く事であり、ご挨拶を済ますと子供を背負って外に出て過ごしました。

 

その間、メシヤ様と夫と長谷川ナミさん(イザナミノミコトの型・現界の罪を背負う。当時の側近や高弟の方は、太古からの因縁でメシヤ様に引き寄せられて御用をしていた)だけで神事が行われました。

 

最後の日に、メシヤ様は『これで間に合った、人類が救われることになるんだ。あんたは子供と一緒に大変な御用をしたんだ。ありがとう』と仰って下さいました。

 

私はそのお言葉だけで、ただうつむいて感激で涙が溢れるばかりでした。メシヤ様のお側を離れてから、御用にお使い頂けない寂しさや辛さはもうありませんでした。」どこにいてもどんな立場でも、誠をもっていれば神様が必要とされお使いになる事が分かりました。」