楳木代表よりの御下命を戴いて第2号の追加 続きH29.6.10

                                  教学顧問 庭山 光太郎

『私は化けているからね』

 

楳木代表より「どう化けているかが見えてくると、メシヤ様がよりはっきり分かる。時間もないけれど出来る範囲でいいので纏めて欲しい。」
「『ゝ』が入った光の玉との関係が掴める感じに纏めて欲しい。」

この要請を受けたのは6月9日午前8時11分。余程に6月15日の重要性を伺わせるものと受け取りました。どこまで追求できますか、この件に就きましては「じっくり検討して、これで披露できると感じたら発表するように」との事でしたのである程度は構想はありましたので、詳しく書くのはまたいずれという事にさせて頂いて兎に角要点は抑えようと思っています。

 

七次元に於ける主神の変遷

 

昭和28年にメシヤ様は「神様の解剖」を書くと仰られていました。「神様のことが分からないと本当の事が判らないんだ」というので、どうしてもその必要性を説かれておられた訳ですが、とにかく寸暇ないほどにお忙しい日常で、遂に日の目を見ずに御昇天になられ、その後を受け継いだのが野澤先生でした。

御昇天の4年後の昭和34年に発行された「光友雑話」の中で掲載されたものです。

それに依れば…

 

「光友雑話」より七次元に付いての簡単な説明

 

まず、太初の世界を七次元とし、我々が生息するこの世界を一次元とした場合、七次元の主神だけは潜在エネルギーとされ、六次元以下の主神はその潜在エネルギーの表現神或いは代表神としてのお働きという事になり、七次元から三次元までの各次元ごとの表現神は、以下のようになっている。

・第七次元の世界  天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)

・第六次元の世界  宇麻志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこじのかみ)

・第五次元の世界  国常立神(くにとこたちのかみ)

・第四次元の世界  伊邪那岐神(いざなぎのかみ)

・第三次元の世界  天照皇大御神(あまてらすすめおおみかみ)

第二次元の世界は所謂霊界に於て人間を生じるのですが、未だ霊的存在として発生し、それが第一次元に至り肉体を持った存在として出現したのが数百万年前からという事になっているのはご存じの通りであります。

第三次元の世界の中心は太陽であり、この太陽の働きを中心として一切の生成発展を見た事から、二次、一次元共に主神は三次元の天照皇大御神を戴く事になっているようです。

これが概略ですが、七次元をサッとご説明すれば、先ず天之御中主神は御教えの『表現し奉る言辞もなく、文字もなく、ただ無限絶対の力徳の中心であり、一切の根原であると申すより外はないのである』との一節を「潜在エネルギー」と、一言で表現し、潜在エネルギーは0(ゼロ)であるが、単なる「無」ではなく、「+」と「-」を発する処の「0」であるが故に潜在エネルギーとされています。

 

「造化の三神」

 

その潜在エネルギーが顕在エネルギーとして力動を開始されるのが高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、神御産巣日神(かみむすびのかみ)という事になって、前者は霊系を担当し、後者は体系、物質的働きに発展される訳ですが、この三柱の神を「造化の三神」とされ、個性がないので拝む対象とはなり得ないという事のようです。

 

「別天神(ことあまつかみ)」

 

然し乍ら天之御中主神様こそ根原の神様、主神様である事には変わりはない訳で、その神様のお働きによって次々と進展してゆき、六次元になると陽陰の組み合わせに依って、大宇宙の普遍的生命として宇麻志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこじのかみ)の発生を見、第五次元の世界に至り、国常立神(くにとこたちのかみ)様による造物主として進展される訳ですが、物あれば必ずその前に霊的なものが先行する訳で、その神様が天之常立神(あめのとこたちのかみ)という事で、造化の三神と、宇麻志阿斯訶備比古遅神と天之常立神を加えた5柱の神を「別天神(ことあまつかみ)」と呼んでいます。

もともとの主神様の狙いが物質的な天国を目指されている以上、国常立神様が五次元に於ける主神の表現神或いは代表神という事になるようです。「宇宙の大霊」の宇麻志阿斯訶備比古遅神はただ一柱だけで、六次元の主神の表現神という事が出来、又一方陰子同志内の組み合わせにより、原子元素(国常立神)、無機竝に有機物(豊雲野神・とよくもぬのかみ)の働きを生じ第五次元の世界に至るのですが、主神の表現神となられたのが造物主としての国常立神様という事になるようです。

 

「独神、隠身(独りでに成りませる神)」

 

因みに「造化の三神」に対し、宇麻志阿斯訶備比古遅神、天之常立神、国常立神、豊雲野神の四柱の神を加えた七柱の神を「独りでに成りませる神」「独神、隠身」という文字で説明していますが、これは、ひとりでに、或いは独自的に、或いは自然に成れる神という事で、どこから生まれたものでもなく、又誰が造れる神と言う様な事でもない、宇宙普遍の神性で、他に依存することなき独神、で、隠身はカクリミと言い、未だ一定の成型をなすに至らぬことを意味していると説かれています。

 

「神代七代の神」

 

次に(生命中の組み合わせ)により、の出現を見、森羅万象創造の基礎的準備が整うことになった訳で、国常立神は宇麻志阿斯訶備比古遅神(生命力)に協力し、宇宙の万物の基礎となるという意味からも五次元の主神の表現神という事のようです。

  • 土壌の成分を司どる神(2柱)

宇比地邇神(うひじにのかみ)・妹須比智邇神(いもすひじにのかみ)

  • 植物の性分を司どる神(2柱)

角杙神(つぬぐいのかみ)・妹活杙神(いもいくぐいのかみ)

  • 動物の性分を司どる神(2柱)

意富斗能地神(おうとのじのかみ)・妹大斗乃弁神(いもおうとのべのかみ)

  • 動植物の一貫する性分を司どる神(2柱)

淤母陀琉神(おもだるのかみ)・妹阿夜訶志古泥神(いもあやかしこねのかみ)

  • 動植物を通じ進化発展の原因を司どる神(2柱)

伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)

そして国常立神と豊雲野神をそれぞれ1代ずつとして数え、宇比地邇神以下、伊邪那美神の10柱を5代とし、合わせて7代を「神代七代の神」と呼んでいるようです。

 

四次元の世界

 

第四次元の世界を大体何れの辺までに限定するが妥当かと言うに、天地剖別し日、月、星辰、地球が出来、その地球はすっかり生物を生み出すために必要な準備が整った時までが適当と考えられるという事で、第四次元に伊邪那岐・伊弉那美の出現を見た事は、宇宙は普遍的なものから個別的様相を顕わし、国生み・神生みが行われて第三次元の人類を生ずる直前の万象の仕上げ期に当たり、中心たる主神の表現神としては伊邪那岐神が相当するという事です。

 

宇宙意思とは…

 

そして宇宙意思とは一口で言うが、これは三通りあると言い、第一次的宇宙意思を天之御中主神から豊雲野神に至る、自然に成りませる7柱の神の働きを以て決め、第二次元宇宙意思を宇比地邇神以下、須比智邇神の4組8柱を以て区別し、第三次宇宙意思への進展を伊邪那岐・伊邪那美神両神を以て、普遍の神性が愈々個別の神性への移行となり、潜在エネルギーが顕在エネルギーとして千様万態の形貌を現出する事となるということで、普遍的働きより個別的働きへの切り替えのスイッチとなるのが、伊邪那岐・伊邪那美の両神で、世界は裏面に潜在エネルギー(普遍の神性)の存在を前提として、表面に顕在エネルギーとして個別の神性が(生命・働き)が無限に生起する段階に入るというのです。

ここで、古事記は普遍の神性なる時は御神名を「神」とし、個別の自主的意念なる時は「命」と記し、この区別をつけているという事です。要するに普遍という時は伊邪那岐神としたら、個別となった場合は伊邪那岐命となるようです。

この次元に於て、国生み神生みが行われ、更に将来人間が通らねばならぬ善・悪・苦・楽に関する一切の準備が人類発生次元の前の次元に準備せられたという事になっています。

それに就いては火の神を産む事によって、伊邪那美神は陰処を焼かれ亡くなるのですが、この事によって、火が生物の生命を奪う事を示し、火は霊であり、霊は体に対しての生命を意味することから、生命が体より脱出すれば一切の生物に死なる現象が生起する事を明示し、伊邪那岐の男性生命体も伊邪那美の女性生命体も未だ霊的存在ではありますが、女性伊邪那美の生命体には死なる現象が生起、付加されることになり、今肉体を持った我々生物の生命体は全て女性伊邪那美の生命体として、死というものが生起することが決定づけられることになります。

然し乍ら我々生物は肉体が滅んだといってもいささかも憂える必要はないのです。人間には伊邪那岐の男性生命体中に幽魂と言われる霊的生命体があり、死によって現魂は本籍地の幽魂に落ち着くのであって、生き変わり死に変わりして永遠の生命体たり得るという事だからです。

 

黄泉比良坂での争い

 

黄泉(よもつ)国に行かれた伊邪那美命と伊邪那岐命の交渉は執着・嫉妬・怨恨等の悪徳を生じ、黄泉比良坂で闘争へと発展し、結局悪徳に対する革正の働きとなる、伊邪那岐神による禊祓い行事は必要欠くべからざる行為を認めさせ、その際には祓いより禊を先行させなければならない事を、これまた明示されていると言うのであります。というのは、先ず、自己を正しくする事なくして他を排除(祓う)すれば断えず悪との葛藤を醸す故となります。

そしてここで大事なのは、黄泉比良坂での闘争により、醜女(しこめ)、魔群に追われた伊邪那岐命は黄泉比良坂の坂本に来た時に、その坂本にあった桃の実を三つ取って投げつけて撃退されたのですが、その時にこの桃の実に対し、意当加牟豆美命(おほかたずみのみこと)と名付け、この桃の実に「お前が私を助けたように、この葦原の中津国に生活している多くの人間たちが苦しい目に遭って苦しむ時に助けておくれ」と仰せになられるのですが、三つの桃の実とは「五・六・七次元の絶対力を結集した力」という事になっているようです。

斯くして四次元の主神の表現神、代表神は伊邪那岐神という事になるのです。

 

「三次元の主神の表現神」

 

そして愈々三次元の主神という事になりますが、三次元で植物、動物を生じ、二次元に至って人間を生じるに至るが、霊界に於てであり、一次元に至って初めて現界に人間の五感により識別できる今日只今の世界という事になっているようで、この三次元間は太陽によって生成化育されるを以て主神とされるが故に、御神名は天照皇大御神という事になるという事なのです。

以上で古事記による主神の代表神というのは五次元の国常立尊、四次元の伊邪那岐尊、そして三次元の天照皇大御神までの三柱の御神名でのお働きに化けられる事は先ず確実という事になります。そしてこの七次元に及ぶ主神は皆共通した要素を持っている事がお分りになられると思います。

 

七次元に及ぶ主神の共通した要素

 

つまり七次元の潜在エネルギーであられる天之御中主神は「+」・「-」ゼロではあるが、陽・陰を内包した「0」ですから、伊都能売神を内包されています。六次元の主神の代表神は宇麻志阿斯訶備比古遅神で「+」と「-」の組み合わせから生じた代表神は、矢張り伊都能売神の要素を元としているし、六次元の主神の表現神の国常立尊は絶対善が余りに厳しい故に観音様になられたのですから、そのままで、伊邪那岐尊は伊邪冊尊と併せると、天之御中主神より16・17番目で二柱で33で観音の33相に相当するし、天照皇大御神は言わずもがな、「⦿」が入られた状態の主神様で、「○」は麻邇の玉で観音様の御魂で、その中に「ゝ」(御倉板挙之神様)が入られた状態を示すもので、「ゝ」が黒点で「○」は太陽に相当し(そういう意味からすれば観音様「○」は大日如来(太陽)とも言える)、「ゝ」が火としたら「○」は水になるという事は「ゝ」と「○」のエネルギーの違いは、「○」は熱度を感じるが、「ゝ」はそれより遥かに熱度が高く、もはや熱度を通り越すと熱いを通り越して、何も感じもなくなるエネルギーそのものとなり、それが浄霊の火素と言われるものという事になるのですから、ミクラタナの神様「ゝ」こそ最高最尊の御魂であられる事から、我々が何気なく行っている浄霊力こそ如何に尊いお力を頂いているかという事になるのです。

因みに最勝妙如来で被在(あらせ)られる正勝吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかつあかつかちはやびあめのおしほみみのみこと)は素盞鳴尊と天照大神の誓約の時の五男三女の五男の筆頭で、天照大神の長男と書きましたが、その天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)は誓約の時に天照大神が左の御髪に巻いた統治の象徴である五百津美須摩琉の玉をスサノウの尊が+噛み砕いて、狭霧の如くなられた処から生まれた神様というのですから、「ゝ」が合わさって狭霧になったのですから、これ以上ない力の持ち主で、それが桃太郎なのですから、もう言う事はない訳です。

伊邪那岐命様が「自分が助けられたように、人民が苦しんでいる時は助けてあげてくれるように。」と頼まれたその神様がこの6月15日に我々がお詫びと共にこの世にお出まし頂けるように御祈願させて頂くという事が、如何に重要で尊い事なのかを認識して頂きたいと思うのであります。

『私は化けているからね。』というお言葉の何と深い事か。もともと観音の33相というのは、どの階層の人にもそれに合わせて救って下さる事を意味するのでありますから、将に「化け化け」という尊いお方という事が出来るでしょう。

『・・・観音様は日本の神様で、伊都能売大神とも国常立大神とも、天照皇大御神様にもなるんであります。・・・(「岡田茂吉全集 講話篇1」P.55)』と。