楳木代表よりの御下命を戴いて 第2号の追加H29.6.3


 

                                  教学顧問 庭山 光太郎

「少し書き残した部分は遠慮するな」

 

第2号は切迫感から浮足立ったような上滑りの文章になってしまい申し訳ないと思っています。まあ、あれが実際の実力でしかないのですが、寛容なる代表からは「あれはあれで良し。」という事にさせて頂きましたが、矢張り肝心な所が抜けていたり唖然とさせるミスや、追加分の要請がありましたので、少し時間的にも余裕を頂きましたので、記したいと思います。

 

結実した実のお働きによって実相世界が出来る

 

第2号では「日本に於て、何故仏法の花を咲かせなければならないかというと、そこにも深い密意が秘んでいる。」という箇所では、伊都能売神皇様が印度に落ち延び給い、観世音菩薩となられ、釈迦をして仏教教団を造らしめ、その教えを聖徳太子となられ日本に取り入れられたのが本地垂迹で、光明皇后時代に仏法の花を咲かせられたのは、仏法の花を咲かせなければ実が実らないからという訳で、絢爛たる仏花が開いた訳です。そして実を結んだのが如意輪観音であり、転輪菩薩であり、最勝妙如来である桃太郎であったという事になるのですが、その結実した実のお働きによって実相世界が出来るという密意がそこにはあった訳です。何とも遠大なる御経綸かと驚く外はありませんが、実が実れば当然花は散るのですから、散花結実の世界的バージョンが、末法に於ける法滅尽経、彌勒出現成就経として説かれた訳です。

 

結実した実とは

 

結実した実とは、聖王母(西王母)の園に生った桃の実を大君に奉るという中国の伝説であり、聖王母の園とは仏教でいう胎蔵界の事であり、光明世界を胎蔵していた事であり、伊邪冊(いざなみ)尊が大光明世界を産む可く経綸をなされた時という事であります。その実(実相世界の)の中核がメシヤ様のお働きという事ですから、如何にメシヤ様が待望の方であられたかは申すまでもない事であります。

 

名前の示すもの

 

面白い事にメシヤ様御在世中のまだ光りの玉に「ゝ」が入る前の胎蔵界時代に、御自分を「仁斎」と名乗られ、経の中島先生を「一斎」、緯の渋井先生を「総斎」と名付けられていました。そして井上先生には「茂登吉」、長谷川女史には「ナミ」と命名されたのでした。

「⦿」は元々日という字ですから、真ん中の横棒がゝに当たり、口が〇に当たります。一斎は「一」で「ゝ」であり、総斎の総は数の総べては「1~10」で、「十」は「〇(まる)」となるから、それを合わせると仁斎(「⦿」)で「仁」は左から読めば二人ですから、併せて「⦿」を意味し、この二人を主導されて「⦿」になられる可く、御経綸をされて来ました。

更に、井上茂登吉とは茂吉、メシヤ様のお名前の中に「登」が入っているのは、メシヤ様の御母堂様のお名前が「登里」さんで、その一字を入れて、茂吉であり御自分は母親を頭に戴く十一面観音様とされ、未だ胎蔵界である事を示されたのだと思います。何故なら十一面観音様の頭には観音様の母親である阿弥陀如来が居られる事から、茂吉(観音様)の真ん中に母親を入れた訳です。

十一面観音様は時が進み御経綸が進むと千手観音様(千手観音と十一面観音は首から上は同じ)になられるという事から、やはり茂登吉先生は十一面観音様を意味し、メシヤ様は未だ千手観音様にならない胎蔵界である事を示され、又、ナミさんはイザナミの神様、聖王母(いざなみの神)を表されています。つまりナミさんは三千年に一度生る桃の実を生み、大神様に捧げるお役で、それが結実の昭和25年6月15日に入られると総裁先生は御浄化に入られ、その約4か月前に一斎先生は帰幽されているのですから第一段階の散花結実であり、第二段階の散花結実には井上茂登吉邸での御神事で完全に「⦿」が結実し、成長されて行く中で、霊的に桃太郎を生み、メシヤ様ご自身が帰幽された事は何といっても最大の散花結実という外はありません。勿論それで十一面観音様は千手観音、桃太郎になられたのはいいのですが、メシヤ様ご自身は霊的とはいえ余りに大きくなり、肉体では支え切れないから霊界に御帰還遊ばされた訳です。本来ならば現界に居られて存分に千手観音様のお働きをされるのが順当であると思うのですが、仲々人間の思うような訳には行かないのが大千三千世界であるらしいのです。

こうして見て来ると実相世界である三六九の世を実質的に造りだしていくのはこれからの我々のメシヤ教であるとしたら、何よりも先ずしなければならないのは、この主神様の大経綸に対し奉り、感謝申し上げ、無明(無知)にして、その犯した罪を心の底からお詫び申し上げると共に、その御存在を讃え、我々が全面的に、世の中に知らしめ、お出まし頂く以外に、この法滅尽の大峠を乗り越える事はできず、まして三六九の世を建設する事すら解消されるとしたら、それを回避するにはこの6月15日に照準を合わせ、平成30年3月3日の本祝典に繋げる事こそ緊要というべきではないかと思考されるのです。

 

代表ご指摘

 

「楳木代表よりの御下命を戴いて 第2号」での「今年、平成29年6月15日の意義」の個所に就て、「三六“九”は神様がなさるんだけれども、人間が神意を受け取れるようになってこそだからね、そこは大事だよね。」とお話しなさっていました。

少し謎めいた判じ物だけれども、どう解釈すればいいのか。

『三六“九”』は『彌勒は“九”』と読めるし、“九”は九聖主=救(九)世主、(メシヤ)と読めるから、やはり、三六九は熱海(体)であり、体は横に広がるからやはり西洋的なお名前の、メシヤ様をお出し頂くには熱海の参拝が必要欠くべからざる必須要件というべきではなかろうか。

因みに「九聖主」というのは私事で恐縮だが、父が昭和27年に体験した自動書記に記された墨蹟である。恐らく八大龍王の棟梁が九頭龍でその本仏が聖観音様であるから、結局伊都能売神皇様でありメシヤ様という事になるのですが、果たして代表はこれで“うん”と言って下さるだろうか。

 

「『観音は大日如来でもあって』の部分(何故“でもあって”なのか?)は或る意味根幹部分だから、これからも追及していってほしい。」

 

この事に就ては参考文献として、少し手抜きをしてしまいましたが、観音様は五と三で構成されており、五は火(5方向)・日、三はサンズイで水・月で、併せて日月・カミで、日の部分がお在りだから、全面的に大日如来は天照大神の御佛名であるけれども、上記の理由で付け足しのように時として観音様は大日如来と言えなくもないで、「でもあって」という表現になられたと思われますが、黎明から昼の世界入りますれば、光明如来とならせられ、天照皇大神様の御神魂が入るに及んでは全面的に大日如来でもいい訳ですけど、観音様のお働きも大日如来のお働きも仏界としては無くなっていく様ですから、天照皇大神と伊都能売神との関連という趣になって行くのではないかと思われるのですが、如何でしょうか。

第2号の参考文献から、主神(天照皇大御神)の御魂はあまりに尊いので、天から天降る上に於ては観音様の御魂である麻邇の玉に入られる以外にはないので、そこで入られた以上、大日如来という事ができるかも知れません。また余りに尊いお方、主神であられる天照皇大神の代理人として働かれるのが、伊都能売神であり観音様でありますから、「大日如来」と言っても違和感は余りないと思います。

 

「主神様の表現(代表)➝黒点、働きの代表、働きの現れ

 

次に「主神様の表現(代表)➝黒点、働きの代表、働きの現れ」という内容が届いてまして、これを私に伝えして欲しいとの事でした。

“これは何の事だろう、難題だなァ”と思って考えましたが、フト父の残してくれた「御詠集」に太陽神の項があり、その事を仰られているのかと見てみましたら、何と昭和63(1988)年3月3日謹書として落款まで押してありました。

今年は平成29(2017)年ですから30年目に当たります。平成30年の3月3日とは何とも数字が来年度の本祝典の日と同じで驚かされました。はやり余程来年の平成30年3月3日が重要なのかが思い知らされる思いです。偶然という事はない、全て必然という事からしても、代表はこの事を言われたものとして記してみたいと思います。

この御詠集は「メシヤ明主様(当時はそうお呼びしていた)御詠集より」と題して5首を1項として、15項、合わせて75首を選んでまとめた冊子で、2項目が「太陽神」となっています。

『二、太陽神[御詠集]』

太陽の 黒点こそは尊くも 主の中心のポチにぞありける

太陽の 黒点こそは主の神の 尊き御魂と知れよ世の人

無限絶対の 力のもとは主の神の 尊き御魂にありとこそ知れ

大宇宙の 魂こそは太陽の 黒点なるを世人に教ゆる

我が揮ふ 力は太陽の精にして 常世の闇を打ち晴らすなり

とありますから、「主神様の表現(代表)➝黒点、働きの代表、働きの現れ」と関連が合うようにも思うのですが、如何でしょうか。

只、伝えて欲しいの後にカッコで「太陽は月の水分と交わろう、交わろう…とする特性というか働き、意思があるからね。」ともお話になっていました。」という部分は「火は水によって燃え、水は火によって流れる」という解釈をした場合は、火素が強くなれば月の働きもそれに連れて活発化し、例えば激しい運動や浄化で熱の出た時などでは心臓の鼓動が激しくなれば肺の呼吸も激しくなりますから、そういう点では代表ご指摘の太陽は月の水分を状況に応じて大いに取り込まなければならないように出来ている訳ですから、主の神の御魂の「ゝ」が成長されて、体の「〇」が世界大に大きくなられたという事は、如何に火素が強くなって取り込む水の働きもそれに伴って強大になっているかは計り知れない程のものになっている筈です。

但だそれが目に見える形となっていないだけの事で、どこかで決定的なターニングポイントがある筈です。それがどうも今年平成29年6月15日のメシヤ教の御参拝に掛かっているように思えてならないのです。

 

『私は化けているからね』について

 

最後に、もう一つ代表からの伝言として、「メシヤ様の『私は化けているからね』という御発言に就て、どう化けていらっしゃるのかを調べる事。」 との要請でありましたが、じっくり時間をかけて査べて可いからとのお話でしたので、まあ大体めどはついておりますから、取り敢えずの追加分としてはこんなものにさせて頂いて御許しを願いたいと思います。

 

お知らせしたい件

 

中宮寺の弥勒菩薩半跏思惟像は門外不出の国宝であります。その国宝が初めて海外に行かれました。その国が韓国です。平成28(2016)年5月24日産経紙に日韓国交正常化50周年を記念して、ソウルの国立中央博物館に両国の半跏思惟像(はんかしゆいぞう)が展示されたとあります。韓国の半跏思惟像は日本の広隆寺にある半跏思惟像と同じで、冠を被っていますが、中宮寺の半跏思惟像は頭に二つの玉(みずら結)がある半跏思惟像です。

韓国から電話があったのが平成27年10月26日ですから、約7か月後に韓国に行かれ、展示されてから約11か月後の平成29年4月13日に、韓国で「⦿」の御神体をお祭りさせて頂け、『文明の創造』のハングル版が出来たとの事でしたから、着実に霊界は動き出している事が証明されました。

その門外不出の半跏思惟像が来られる筈もない新潟に、平成22(2010)年5月に来られたので何かのお知らせである事は間違いない気がしているのです。逾よ彌勒様は動き始められた事の証ではないでしょうか。