H28年10月メシヤ講座


<今月の御教え>

「『仏滅と五六七の世』文明の創造」(昭和二十七年)

本文は『天国の福音書続篇(一)神観 主神様とメシヤ様』38ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 鎌倉支部】

 

楳木代表

 

地上天国祭からですね、こうして私たちは『主神様とメシヤ様』という本を基に、御論文を学びつつ、少しでも自分たちの霊性を高めていこうということに取り組んでおりますけれども・・・。今日も、支部長代理の方から報告がありますが、“自分はどうか・・・”というようにいつも置き換えて、その報告を聞いていただきたいと思います。それからまとめに入りたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

 

実行することが大事

 

支部長代理

 

今日の御教えを拝読させていただいて、五、六、七の彌勒(みろく)の世というのは順序が正しい世界だとメシヤ様がお書きくださっているわけですけれども、今まで、『夜の時代』というのは、『全てが逆だった』ということですけれども、ここに書いてあるのは、釈迦が、一切空とか、空々寂々とか・・・、実相世界が来るまで待つより仕方がないという、今まではそういう『夜の時代』だったという事ですけれども、弥勒の世というのは、『実相世界』、『昼の世界』ですから、もう実際には霊界では『昼の世界』に入っていますので、これを自分に下ろして考えたときに、やはり順序というのを自分自身も正して行かなくてはいけないという事と、『夜の時代』というのは待つしかないという事ですけれども、私たちは既にこうして御教えを頂いて、御力も授けて頂いております。『夜の時代』は全く逆だったという事を強く感じます。『昼の世界』は主神様御一方が主催されるという事ですが、メシヤ様がこの世にお出ましになられて、我々人類に御教えくださり、一貫して『地上天国』、『夜昼転換』のことを仰ってくださっているので、そこを重く受け止めて私たち一人一人がどのように順序を正させて頂くのかということを拝読させていただきながら思いました。

短い御教えなのですが、急所が書かれておりますので、そういうことで先月と結局は繋がっているのですが、“実行するということが大切なのかな”と思わせていただきました。

 

楳木代表

 

ありがとうございました。

今日は、御神前に「東京支部」という、もう準備に入ったので、お三宝に「東京支部」と書いた紙を貼らせていただきましたが・・・、○○さん、今日の御教えから何か受け止めたことがあれば?

 

受講者

 

はい。

今日の御教えは、御教えはどの御教えも深い意味が込められているのですけれども、特に『夜の世界』で蔓延っていたといいますか・・・、先月の23日に、父が帰幽しまして、その時にメシヤ様の御教えの確かさと、御力の素晴らしさというのを同時に体感させていただきました。御浄化と御守護。これが本当に“東京支部として発会をお許しいただきたい”という願いを持った途端にですね、交互に押し寄せてきております。その中で、この彌勒(みろく)の五、六、七の数字の神秘ですとか、そういったことを重ね合わせて考えますと、本当に『夜の時代』から、今まさに昼の『実相世界』に結びつこうとしている時期なんだな、ということを改めて感じさせて頂いております。

 

楳木代表

 

はい。ありがとうございました。あの、富山の先生ご夫婦は、向こうへまだいらっしゃっるかな?

 

受講者

 

はい。○○先生のほうが、先月末にお戻りになられていると思いますけれども・・・。その後、まだ連絡を取り合ってはおりませんが。

 

楳木代表

 

ああ、そう。向こうで少し、浄霊をやってきたのかなぁ、と?

 

受講者

 

一応、ネパールの友人にはですね、何度か私がお取り次ぎさせていただいたことがあるので、「○○先生も浄霊ができるようになりましたよ。」という連絡をしましたら、「じゃぁ、○○先生にもしていただきます。」「それは大変素晴らしいことですね。」というメッセージが送られてきておりました。

 

楳木代表

 

他は、連絡がないですか?

 

受講者

 

そうですね、これからです。

 

楳木代表

 

わかりました。○○さん、ネパールに行った○○さんからは何か連絡はありましたか?

 

受講者

 

まだ詳しくは聞けていないのですが、「もう少し、うまくいけば滞在期間を伸ばせるかも知れない。」と言っておりました。

 

楳木代表

 

わかりました。ありがとうございました。

私は、毎月映画のDVDをいくつも借りて見ながら動いているのですけれども、昨日は「世界の果ての通学路」という学ぶ環境が整っていない国々の学生たちが通学している様子を見ました。21キロの通学路を毎日歩いて・・・、歩いてというよりも走っていく。そういうところを懸命に通学している姿とか、毎日通学できないので、月曜から金曜まで寄宿舎へ入って、それからまた丸一日かけて通学するというような状況・・・。“あの先生が、途上国でズッと学校を作っている、そういう事をやってくれているからこそ、そちらの人たちも、更に勉学に励むことができるなぁ”と思いながら、重ね合わせながら見させてもらったのです。そういうところで、まだ医療が十分行き渡っていないところで浄霊力というものを授かっていくと、身体が全く汚れない中ですね、浄霊というのを手にしていくことができればありがたいことになるな、と。川崎出張所に以前来ていた人で、オリーブを自然農法で栽培して、日本に輸入しようとして、現地へ行ったら、「我が国はまだ農薬や化学肥料を使える程の経済力がありません。」という返事だったそうです。全く、現在が自然栽培なのだ、と。これからは、経済力をつけながら、農薬や、化学肥料を使いながら生産量を増やしていきたい、と言うそうです。「だから、そこに行かないように、何とか美しいままの土地で栽培できるような取り組みをしていきたい。」と話した、その時のことを思い出したのです・・・。

 

世界には、色々な国々の中で、やはり世界全体では経済至上主義で動いていて、そこが一番、人類が目指すところだと勘違いをしているところがあって、まだそこまで行けてない国も、素晴らしいものを有しながら今日をむかえているということをですね、やはり進んできた日本人が十分整理しながら行かないといけないのだろう、と、先日、官邸の方にもメールを送ったのです。官邸からは、「受領しました。」と、「読ませていただきました。」だけで、それに対する感想は一切返ってこないのですが、定期的に文章を送っていこうか、と思っております。

 

人間に与えられた自由に基づいて御神業も進められる

 

話が途上国の話になりましたけれども、地上天国祭から、私たちは御教えを拝読しながら自分たちの霊性を高めていこうということで、継続しながら、先月から今月、今月から来月ということで整理しながら進ませていただきたいとお願いしつつ、私も十分伝えきれていなかったことを、様々、神界から注意を受けたので・・・、私もちょっと流石に神界に対して腹が立つというか、不遜な感情が起きたのですけれども、「いや、メシヤ様が、御出現されて、いづのめ教団の前進である新生時代にですね。その当時の改革派の人たちによって、岡田茂吉全集を作るくらいの御教えがあるにも拘わらず、その先達の先生方が、「何故信者さん方にもっと生活上のお世話に取り組んでくれなかったのか?」と・・・。また、そういうところを「何故もっと神界から細かく御指示を出してくれなかったのか?」、「それはちょっと手落ちじゃないですか?」ということを、その時不遜ながらも、「一日祭」に申し上げたのですが、そしたら即刻、また御垂示が届きました。

 

『そうすると強制することになる。』

 

と。御教えを渡して、その中から、それぞれが気づいたことからこの世の中を変えていこうという動きになれば良かったけれども、その先達も、その三千年来の罪穢れのその中にどっぷり浸かってきた部分があるので、『神性が蘇っていないというところがあったので仕方がなかったのだ。』と御解説いただきました。『だからこれ以上先達を責めるな。』と。私も責めているわけではないのだけれども、「もうちょっと何とかしてくれたら良かったと思うのですよ。」と伝えたのですけれども・・・。

 

結局は、それは何かと言うと、一番古い方で、昭和20年代に御守りをいただいた方もいらっしゃるし、最近入会してきた方もおられますが、入信教修の時に、話を聞きますが、我々の体には「霊体」が充満していて、その中に「心」があって、その中心に更に「魂」があります。この魂のことを「現魂」と言います。その現魂と繋がっている「幽魂」が霊籍を得ており、それが向上すれば非常に恵まれてくるけれども、下降すれば悲喜交々の生活になってくるのだ、と聞いたことを思い出してください。この「幽魂」が高まるか、高まらないかというのは、霊の曇りが多くなってくると、重みで下がってくるし、曇りが取れていくと「幽魂」は軽くなって上昇するので霊籍が上がってくるわけなのです。しかし、それは、『どっちを選ぶかは“人間の自由”として与えているのだ。』というふうにメシヤ様は仰っておられます。

 

それで、先月学んだように、『向上すれば神の如く、堕落すれば獣の如く』とそういうことに繋がっていきます。そして、どっちを選ぼうとも『人間の自由』なので、これが人間に与られている『最大の自由』なので、私も忘れていたわけではないのですけれども、御神業もこの『人間の自由』の中で進めておられるのだな、ということを、神界からの御垂示でまたつくづく腹に落とさせていただきました。

ですから、こうしてメシヤ教として学びをさせていただくのですけれども、向上するのも、足踏みするのも自由ですので・・・、ですけれど、できれば高まっていく方を目指していただきたいので、今後もより霊性が高まる方向にお話をさせていただきたいと思っております。

 

高まる上においては、先月学んだ中ではP.33の7行目に『第一に宿った魂こそ本守護霊といい、神性そのものであり、之こそ良心でもある。』というふうに書かれておりますので、“神性そのものを蘇らせるというのが、私たちの信仰生活なのだ”ということが一つ言えるかと思います。ですから魂だけを見つめていると、あまりわからないのですが、主神様の分御霊(わけみたま)を頂いている、その魂ですから『神性そのもの』なのだ、ということです。

 

そして、P.35の8行目には『本来魂なるものは、一種の発光体であって、』と書かれておりますので、魂は発光体なのだ、と。発光体の光が更に増して来ると結局動物霊である副守護霊が萎縮するので、いつも行いは全て善に繋がって行くのだけれども、様々なことで曇っていくと、動物霊に操られてしまい、よからぬ心言行になったり、あるいは、怠惰な人間になったりするわけです。私たちの日常生活は、この発光体としての魂を輝かせることが信仰させて頂く目的なのだ、と先月は学びましたので、今月は更に高まっていく上に置いて、支部長代理が、「非常に短い御論文だけれども大事なことが書かれている。」ということを発表してくれました。善言讃詞を奏上する時に、仏教では、それを逆にしていた、それは意味がわからなかったのでそういうふうにしていたのですけれども、メシヤ様は善言讃詞をお作りになる時に、この順序を整える意味で『大千三千世界』としたのだ、と。ということになってくると善言讃詞を奏上する時にも、よりそうした順序を整えていくという、そういう思いで善言讃詞を奏上させていただくと、更にこの言霊の威力をいただけるかと思います。

最後には、『妙智を賜ひ眞覺を得さしめ』というふうに書かれてあります。この善言讃詞で毎日私たちは『眞覺を得さしめ』とお唱えしているけれども、日常生活で、『眞覺』を得る道を今まで歩んできたか、というと、これはちょっと寂しい状態できたので・・・。

 

『本腰を入れるように。』

 

そこで、いよいよ、地上天国祭から御垂示を頂いたのは・・・、私は世界救世(メシヤ)教を復興していく、そして、本来のメシヤ様が進められようとした御神業を推進していくというふうに言葉ではずっと出してきたのですけれども、どの時期から一挙に進めていくかという、そういう腹というのはまだ決まっていなかったのです。

 

それで『本腰を入れるように。』と御垂示を賜ったのです。とにかく、こういう取り組みをしていけば徐々に徐々に広がっていくだろうと思っていたのですけれども、しかし、今年6月15日にいただいた御垂示の内容というのは『あまりゆっくり構えていても大変なことになるので、本腰を入れて世界救世(メシヤ)教を復興するように。』ということで、それから立て続けに御垂示が参って、それから先達の先生方も、私があまりにも文句を言ったので、先達の先生方も今一生懸命に霊界で動いてくださっている旨も知らされました。

 

そういう動きの中で、○○さんも、中国でのことがきっかけでしたけれども、それから本来のメシヤ様の御神業に身を捧げるというあり方を求めていただいて、そして、年内に東京の支部を発会しようと、そういうお気持ちになっていただいて、お父さんを急遽見送るということになったのですが・・・、本当にご家族の皆さんは大変だったと思いますけれども、今日はお母様からもお聞きしたように、お父さんは「霊界で御神業に励んでくれるものと思います。」とおっしゃったので、私も、霊界でしっかりみんなを導いて協力してくださるのではないかな、と強く思わせていただきました。先達の中にお仲間入りをしていただいて、大きく働きかけをして頂ければ、有難いと思います。

 

もう、その型が・・・、○○さんがメシヤ教に繋がってくることが、メシヤ教の信者さんから繋がってきたわけではなくて、全くご自身の思いから、繋がって来られておりますので、これから○○さんのような方々が、どんどん先達のご案内でメシヤ教に繋がってくるようです。繋がってきた時に我々は、三千年間に様々な『夜の時代』の癖をつけているわけですので、メシヤ様の御神業に使っていただきたいと思っても、三千年来の癖は持ったまま繋がってくるので、ちょっと癖のある喋り方であったり、態度であったりとか、あるいは、思い方であったり、とかいうことも起きてきます。それから、今まで別の教団に所属していれば、その教団の癖というのがどうしても出てきます。

 

MOAの場合は、御昇天後の教会長が、どうしても御浄霊によって奇蹟が出すぎるので、出すぎるという表現はおかしいですが、出るけれども生活上の指導が足りなかったために、問題が発生するということが起きて来たために、そういうことがないように医者と提携しながらやろうとされたところまでは良かったのですけれども、選んだ医者のレベルが問題点の一つで、それから、その医者のいいなりになって、大きく道がずれていってしまったところがあります。これは弁護士の使い方ということが一番わかりやすいと思います。みんな弁護士を使っていろいろ裁判をしていきますけれども、弁護士のリードによって、ともすれば、裁判を行ってしまうことがあります。しかし、弁護士というのは我々が雇っているわけですので、我々の願い通りに動いてくれない時には、弁護士に意見し、あるいは、契約を破棄することも考えながら進めていかなければいけないけれども、弁護士に誘導されて、折り合いをつけてしまおうとします。これは、医者でも一緒であります。医者は我々が使う相手なのですけれども、向こうは、先生と言われているので、先生を怒らせないようにとか、あるいは、言ったことに反発しないようにということで医者と付き合っていこうとします。どこまでも、私たちの指示で動いていくものなのですが、医者の指示で患者が動いてしまうという、こういう逆転現象が日本にはズッと起きておりますので、どうしても、そういうものの影響を受けて、MOAというのは道がずっとずれてきていおります。志は高かったのですが・・・。

 

神界、霊界からの様々な現実的お導き

 

先月、三重支部で新しく御神床を整えて、遷座祭が執り行われました。その時に、岡山支部倉敷出張所というところから・・・、倉敷出張所も新しいところに移転したばかりでしたので同じ時期に立派な支部を頂いたところにお祝いの参拝をしようと車1台で駆けつけてくれました。その帰りに元伊勢に参拝したいというので、「元伊勢に参拝する場合どのようにしたらいいですか?」と聞かれたので、「外宮から行ってくれ。」と。それから「本殿に行って、そして、そのあと『一願成就』の日室岳という山があるので、そこが本体なので、神宮はどこまでも神山と強羅との関係と同じように、元伊勢も日室岳と本殿との関係はそのようになっているので、その日室岳に向かってお参りをしてもらいたい。」というふうに、頼んだところでした。

 

外宮に行ったら、具合の悪い人がいて、「浄霊をしましょうか?」といって、MOAからメシヤ教にきた人なので、探査をしてみると熱とコリがあるところがわかったので「ここが痛いのではないでしょうか?」と抑えてあげながら、「そうなんです。」ということになり・・・。そういうふうに浄霊をしてあげたら良くなったので、「この浄霊というのは、今誰でもできる時代になったので、本があるので、本を送りますけど、どうでしょうか?」と聞いたら、「じゃあ、お願いします。」ということになったそうです。そして「じゃあ、帰ったら送りますね。」と告げて帰ったそうです。そうしましたら途中で連絡があって、その方から電話があって、「いや、非常に良くなったので、入門と奥座敷という本を待っていますので。」とお返事がありました。

 

それだったら、もう一回行こうかと、元伊勢というところは、気持ちのいいところだからまた何人かで行ってお世話したら、宮司のお母さんだったらしいのです。ということで、宮司のお母さんが今回浄霊力を頂きまして、そして、また「同じようにあちこち痛い人がいるから浄霊をさせていただきます。」というふうになりました。

 

ここで言うと、MOAからきた人なので、探査をして、コリとか、熱の箇所をわかったので、そうしたことをわかった上で浄霊ができたので、その部分は非常にいいことなわけですので。全部が悪いということではなくて。肝心要のところがズレないように、ズッとメシヤ様の信仰を積み上げていてくれればいいわけなのです。しかし、どうしても外部の人たちが関わってくると、そちらへ誘導されてしまうきらいもあるので、どうしてもその癖が教団の中についてくる場合があるのです。信仰もその癖がついてきてしまうということですので、

 

『その癖も、すぐ指摘すると“自分たちもやってきた”という自負心があるので、反発心が起きてくる。そういう人たちを更に包み込んでいけるような、そういう大きな気持ちを持って今後お世話をしてもらいたい。』

 

というのが、神界からの非常な願いでありました。

 

ですから、これから先達の方々も大いに働いてくださっておりますので、働いてくださっているな、という現象が起きてきた時にはですね、間髪を入れずにスッと話し合いをしていくようにしていただきたいと思います。そういう方が来てもボーッとしているとすぐに通り抜けてしまいますので、我々も一層『メシヤ様と共に』、そして、『霊界で、我々の先祖や、先達が動いて下っているので、その動きによってつながってきた人を、さらにメシヤ様に繋ぐように』と、そういうふうに取り組みをさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いしたいと思います。

 

それで、先ほどの、先達のどうしても動ききれなかったところが、P.40の

『そうして真如という文字は真の如しとかくのであるから、真ではない訳で、此点もよく考へなくてはならない。』

という、この真如の世界の癖をずっと引き継いできてしまっているために、先達も高弟と言われながらも、メシヤ様の御教えを拝読しつつ、この癖がどうしても残っていたので信者さん方に対するお世話が、生活上のことにまで行かなかったのではないか、と思います。この点もですね、この御教え拝読をしつつ、御在世中の先達の先生のご苦労というのは、『夜の時代』の癖を引き継いだまま御神業に臨んでいたので、メシヤ様が進められようとした本来の御神業まで行けなかったのだ、というふうに思ってあげるしかないと思います。しかもそれは私たち自身にもまだまだありますので、私もこういうふうに文句は言わないように決めました。どこまでも真如の時代のことだったので・・・。これから、『真理の具現』をしていく時代に入ってきたので、そういう時代に我々がやっていくしかないのだと受け止めて、そういうふうにさせていただきたいな、と思います。『真理の具現』の時代になっていきますと物質的には全て『弥勒の世』の姿になっているということでありますが、皆さん方も日常生活の中で、居ながらにして、インターネットを使えば物を買うことも出来るし、それから、いろんなものも見る事ができますし、今年は台風が非常に多く近づいてきますけれども、台風の目の位置というのも居ながらにして見ることができるし、それから、風の強さまで、リアルタイムで見ることができる時代を迎えております。しかし、これは逆に我々の感性という点からすると非常に鈍らせるものでもありますので、そうした物質的には『弥勒の世』となっているのですが、感性が鈍るというのは良くないので、こういう時代に更に感性を磨くあり方はどういうことかということで、今、勉強しているのだと考えていただきたいと思います。

 

言い方は、少し伝わりにくいかと思いますが、結局、昔の人は、農業の場合は田植えの時に、どういう鳥が泣いた時に、苗の籾撒きをするとか、それから、どういう鳥が泣いたら田植えを始めるというのは、我々の祖父母の時代はそういうことをいつも言っておりました。そして、「そろそろ稲刈りだ。」と。もう稲刈りも終わって、次は冬用の種をまく時期でもありますので、そういうのは鳥の鳴く声とか、風の吹き方でずっと感じて農作業を進めておりました。そうした事が今これだけリアルタイムで気象情報が入ってきますので、BSなどでは夜中じゅう天気のことを伝えているそういう番組もあるくらいですので、それを絶えず見ていると我々の感性というのは鈍っていくということがあります。それでは、地上天国建設に向かうということではないので・・・。さっきもMOAがずっと外部の主導で動いてしまったので信仰がずれたということを、他山の石として、自分たちも日常生活の中で便利になりすぎているがゆえに自分の霊性が曇っている部分があるので、そういうことをこれから正していく、そういうことをこれから心がけていかなければならないのだ、ということを本日の御論文からは腹に置いておいていただけると大変ありがたいな、と思わせていただいております。

 

洗練されると万教帰一が・・・。

 

それから、そういう取り組みをし始めると、まずメシヤ教の信者さんが洗練されていきます。私たちが洗練されていくと、我々の霊線に繋がる方も洗練されてくるのですが、大きい立場から行くと・・・。

 

キリスト教というのは、本来、天の父を崇めてできたということになっているのですけれども、天の父は、本来、主神様、エホバという御存在であったにも拘わらず、天の父という言葉を使って、御存在を表現して、キリスト教の教えを垂れていったわけですね。そして、『文明の創造』の最後に載せている『基督教と善悪』に書かれているように、磔刑されている十字架を拝ませるような信仰形態に変えさせられたということです。十字架を祈り始めると、それがいい方向に動き始めるときは、人の罪を許すという隣人愛という方向で動いていくわけですね。しかし、悪い方向に行くと正義感が戦争とくっついて行くわけです。自分たちの方向が一番正しいので、それに反するものたちは全て成敗していくという十字軍のような働きになってくるということになりますので、これは十字架をお祈りするということは非常に傾き方によってはいい方向に動いたり、悪い方向に動いたりします。ですから、キリスト教は、もう一歩洗練されて、本来の主神様の御啓示を頂いた状態の信仰に帰っていくようになるというふうに、私たちが、これから祈ってあげなければいけないわけです。

 

それから、イスラム教を見ていきますと、イスラム教というのは、アラーの神が本来のお祈りの対象です。ですから、時間が来ると仕事も止めて一日5回お祈りを捧げます。アラーの神というのは、主神様の別の表現であるわけなので、本来、崇高な一神教であるわけなのですが、ご承知のようにイスラム教の信仰の実態を見るとこれは部族信仰です。部族ごとに、部族長がいて、その部族長の指示通りに動くことが信仰生活になってきます。しかし、アラーの神が教えた内容というのは一体何かというと、人間は一番正しい生き物なので、人間が一番の支配者なのだと、人間は非常に強い存在であると教えてきているのですけれども、アラーの神から下った御啓示というのは、『人間というのは弱い存在なのだ。』と。弱い存在なので、雑食の豚を食べると病気になる可能性があるので、豚は食べてはいけません、という戒律があるのですね。それから、女性は、目だけしか見せないような服装をしなくてはいけないというのは、女性の身体というのは、非常に魅力的なので、弱い男性がその姿を見ると乱暴したり、そういうことが起きるので、男性を狂わせないように、目以外は隠さないといけないという戒律があるわけなのです。これが本来のアラーの神から下されたものなのですけれども、しかし、まとまりは部族毎にまとまっているのです。ですから、この部族毎にまとまっているのは本来のイスラム教ではないので、イスラム教も、洗練されていくと、アラーの神の下に、一つの部族を超えた理想的な宗教ということになると思います。そうなってくると、本来アラーの神の本体というのは、主神様だということに目覚めていきますので、そうなって来た時には、この世界の三大宗教がまとまる可能性が出てきます。

 

仏教では、皆さん方、仏壇の中に御本尊様、メシヤ教の場合は千手観音様が掛かっておりますけれども、千手観音様をまだ頂かれていない方は、その様々な宗派にですね、ご本尊がお軸や像で御鎮まりされております。三重支部の責任者が、仏教講座に参加してくれまして、各派の御本尊というのは一体何かというと・・・。これは種々捉え方考え方があるが「光背」ですね、仏像の後ろにある丸い光の円、本来仏教というのは、この光の円をお祈りしている、そういう信仰なのだ、と学んできた報告をしてくれました。しかし、開いた宗派の教祖によって、阿弥陀様を前に置いたり、他の菩薩様を置いたり、これは前にいる菩薩とか、如来とか、そういうものは、実は、「光背」をお祈りするために何かないとわからないので、置いているだけだ、と、仏教講座の中では、話始めているようです。そうすると仏教も本来の「光背」の存在、仏像があってここに丸いチョンがありますが、丸にチョンをお祈りしていたのだ、ということに気づき始めます。

 

ですから、これが洗練されていくと仏教ということも、本来の主神様ということに気づき始めてきますので、こういう洗練されるということが大事になってきます。洗練されて行くためには、また元に戻りますけども、メシヤ教が洗練されていかないと世界救世(メシヤ)教も復興していくことができないし、世界救世(メシヤ)教が復興していかないと、この三大宗教が更に洗練されていくことができないので、私たちの役割というのは、非常に大切というか、重責ですので、お互いに一所懸命取り組んで行きたいな、と思います。

 

そういうことを今月は伝えたいのですけれども、何か質問したいことなどあれば・・・よろしいですか?

 

開教と御法難

 

受講者

 

昔、世界救世(メシヤ)教が出来た時、わずか3ヶ月で御法難が起きてしまったという経緯ですけれども、今回の御教えに照らして見ますと・・・、やはり当時というのは、時代的には何十年か前でもあり、変化の激しい時代の中ですが、まだまだ暗いというか、いろんなことが渦巻いているような、閉ざされたような状態のように感じるのですが、御法難は内部からおきているということで考えると、ものすごく苦しい気持ちになるのですね。

 

楳木代表

 

メシヤ様は、法難手記、それからそれに関わる御講話とか、御論文を拝読すると、部下たちの様々な不祥事からそういうことが起きているのですけれども、しかし、メシヤ様御自身を『一人にする必要があった。』と書かれておりますので、拘置所にいる時に、メシヤ様の光の玉に「ミクラタナの神様」がその時御宿りになった、と。その時は一人にさせないといけないので、その時はもう何十万も信者さんが増えてくる中で、メシヤ様が御一人になるところがなかったので、一人になる場所とすれば、拘置所しかなかったのだ、と、そういう表現もされているので、深い、深い意味があったのだろうな、と思います。

それと同時に、まだメシヤ様という御存在をお弟子さんたちがわからない部分があったので、メシヤ様が世界救世(メシヤ)教を開教するという意味を十分わかりきれていなかった方がいらっしゃったということも原因かと思います。

 

それに関連して、この世の中は、『夜昼転換の法則』と一緒に、悪が極まっていくと善に転換する、善も極まっていくと悪に転換するという、そういう法則があるので、人間というのは、そういう点では、極まっていかない生き方を目指さないといけない。これが中庸という、そういう教えではあるのですけれども、今、日本はどういう状況になっているかというと、日本という国の性格は、世界で起きた様々な文明とか、そういうものを取り入れて、新しいものを作り出して、そして、世界に発信する、という、そういう働きを持っております。今、日本はですね、謂わば、『悪の極に達している。』と神界からはそういう見方をしております。

 

それはどういうことかというと、日本が世界で一番薬を使用した医療になっております。薬が悪の世の中を主導する物質ですので、薬によって悪の極に達しているような状態でもあるということです。このまま進んでいくと、先月もお話しましたように、癌は2人に1人ではなくて、3人に2人、5人に4人という形で、やはり癌というものを見ただけでも、ものすごく罹患する人たちが増えていきますし、それから精神病の方々も非常に増えております。これはもう極に達しつつあります。

 

それから、食べ物も、薬とは思っていない様々な食べ物が私たちの身の回りにはあります。ホテルに泊まっても、置いてある石鹸、シャンプーなどは使えません。匂いがきついし、様々な物質が入っているので、そういうものは使えない状態になっているくらい我々の生活の中には化学物質が入り込んでおります。これは、世界全体で発見したものを日本が取り入れてきたために、日本で“良い”と思って極点に達しておりますので、極点に達してくると大変な浄化が起きてきます。現在、我々の耳に入ってくる事件というのは、とても聞くのも恐ろしいような事件というがズッと起きてきております。

 

それから、自然現象も、今年の春に大地震が起きた阿蘇のところでも、今回は噴火が起きて農家の方が灰の影響を受けてどうなるかと言われているくらい、一の手、二の手というように、いろんなことが起きて、日本はこれから更に浄化が大きくなってきますので、浄化が起きた時には私たちが救いの手を差し伸べていかなければいけないのです。

 

今まで一緒にやって来られた世界救世教の信者さん方にも、とにかく浄霊ということに、すぐ取り組めるような体制に整えてもらいたいということを呼びかけてもらいたいと思います。

 

御法難というのを受けたときには、メシヤ様の御存在を明確に捉えられなかったために行為的には悪によって御法難が起きたわけです。しかし、その悪によっておきた御法難で、メシヤ様が御一人になることができて、そこに「ミクラタナの神様」が御宿りになって、そして、メシヤ様という御存在に御出世遊ばされたわけなので、神様のやられることは、少し不可解なことがあるけれども、そういうふうにならざるを得なかった・・・、と。

 

そのメシヤ様の御神業は「我々が引き継ぐのだ。」という腹を、一層固めてください。鎌倉支部のお世話で、今度12月には東京の方にも支部ができるのだ、と。この取り組みを続けさせて頂ければ、この取り組みが更に拡がって、気づく人が更にメシヤ様に繋がっていくのだ、と。そういう思いで取り組んでいただければと思います。

 

そんなところで、答えとしては納得してもらえたかな?

 

受講者

 

はい。なかなか消化しきれないことでありますが・・・。

 

楳木代表

 

まぁ、消化しきれないところは・・・、時には、御神前に1人でメシヤ様に問いかけて下さい。私みたいに。しかし、まぁ、不遜なことはあまり出さんように、私も出しすぎたので、反省しています。

今度、北海道は、誰々が行くのかな?

 

支部長代理

 

今のところ、○○さん、○○さん…、で行かせていただきます。

 

楳木代表

 

10月26日は、札幌定山渓温泉にある観音堂でメシヤ様が御描画された伊都能売観音様の入仏記念式典を執り行わせていただきます。

 

この観音様にお参りすることを通して、伊都能売という、真の意味は、三千年前に素戔嗚尊が、押し寄せてきて、その当時、徳によって治められていた伊都能売神皇様がインドへ下って行かれて、そして、この世の中は『夜の時代』になったのですけれども、10月というのは、この出雲系の神様方が朝鮮のふるさとに帰っておりますので、それで「神無月」と言います。神様が居ない月というのは、この出雲系の神様がいない月ですので、今月は、“よし、私ももう一度一生懸命やらせていただこう”と切り替えていただくのが、非常に上手くいく月であります。

 

今日は、東京支部発会に向けて、入会申し込み書やら、御神体の申し込みができたというのは、非常に幸先のいいスタートではないかなと思わせていただきながら、お参りをさせていただきました。

そういう意味で、神無月は、御神業が一層進展する月であるという意味で、物事を進めさせて頂ければ大変有難いと思いますので、それをお願いさせていただいてメシヤ講座を終わらせて頂きます。

 

受講者一同

 

ありがとうございました。

 

<来月の御教え>

「『最後の審判』文明の創造」(昭和二十七年)

本文は『天国の福音書続篇(一)神観 主神様とメシヤ様』42ページに記載されています。「『最後の審判』文明の創造」は平成28年11月に拝読し学び合う御論文です。

 

[メシヤ講座no.188 鎌倉支部 2016(平成28)年10月9日]